パンツの正しい使い道
「よう、大ちゃん。今日も乗りに来たのかい?」
「いや、体験乗馬の野外コースを頼みたいんだ。
初心者だけど、俺が引いて俺が責任を持つ」
「ふぅん? まぁ、いいけど」
「キュロットと長靴貸してもらっていい?」
などと話し込んだ上で、あたしは、
女性スタッフの導きで、更衣室に案内され、
下はキュロットに、靴は長靴に履き替えた。
キュロットというのは、
足にピチピチ密着する感じの乗馬ズボンだ。
事務室にはネコがいた。
カワイイ。実は、ネコ大好き。
触れそうとしたら、スンとかわされ逃げられた。
まぁ、わかってたけど。
着替えて出てくると、
お兄ちゃんも乗馬用の装いに着替えていた。
ふぅん?
様になってるじゃない。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
最初砂場で、練習し屋外へ行くコースだ。
まずは馬に……
ちょ……
高いんだけど。足、届かないんだけど。
あたしの足をお兄ちゃんが手で持ち抱え、
ぐんと上に持ち上げる。
「乗りにくかったら、俺を踏んでもいいから」
そんなことできないでしょ。
あたしは、なんとか馬に乗った。
高っ……。高すぎでしょ。
馬に乗ると、こんなに高いの?
あたしは、背が高いほうではない。
そのせいか、高い視線は大好きだ。
子どもの頃、お父さんに肩車してもらったのを思い出した。
歩く(並足)、止まる、方向転換、走る(速歩)という基本操作を教えてもらう。
走るのは立ったり座ったりする必要があり、ちょっと疲れる。
走り方には他に、駆歩、襲歩というのがあるらしいが、初心者はそこまでしない。
おおむねマスターしたので、お兄ちゃんが手綱を握り、馬を屋外に連れ出した。
お兄ちゃんは、ここにはよく来るそうだ。
乗馬のライセンスも持っているらしい。
林の道を少し抜けると、見晴らしのいい道に出た。
町が一望できる。
うん、こういうのも悪くない。
馬に揺られて、しばしの時間を楽しんだ。
最後は、馬の首のあたりをポンポン叩いて、褒めるらしい。
あたしも、それを実践してみた。
「ようし、えらいぞ」
ブルル……
馬が何か応えた気がした。
乗馬を堪能したら、
お兄ちゃんが馬を洗うというので、事務室で待っていた。
さっきのネコが、そそそ……と寄ってきて、
足元で体をスリスリし始めた。
え?
ちょ……?
女性スタッフが言った。
「気に入られちゃいましたね」
ネコを触るが、全然逃げない。
ふと、持ち上げて膝に乗せてみた。
逃げない。
膝の上で大人しくしてくれた。
撫で放題だ。おぉぉぉ……。
ネコの体温と、呼吸が伝わってくる。
「このコ、何て言うんですか?」
「トラです」
う~ん。シマシマの柄だからトラ。
わからなくはないが、安直すぎん?
まぁ、かわいいからいいけど。
お兄ちゃんが戻ってきた。
「すまん、待たせたな」
「今日、お兄ちゃんは乗っていかないの?」
「うん? 見たいのか?」
見たいっちゃあ、見たい。
本音は、まだネコいじりたいだけだが。
「しょうがないな、次の時間予約入れるか」
そう言って、事務所で何かに書き込んで、
回数券みたいなのを渡していた。
乗馬クラブには時間割みたいなのがあって、
そのスケジュールに合わせて、予約を入れたりするそうだ。
お兄ちゃんが馬を連れて砂場に現れた。
頭には、帽子型のヘルメット。ムチも手にしている。
砂場には、丸太に白と赤で模様を入れたようなものが、置かれている。障碍というそうだ。
なんか、人と同じくらいの高さのものもあるんだけど、大丈夫なん?
お兄ちゃんが馬を走らせる。
おぉ、これが駆歩ってヤツ?
3拍子のリズムで馬が駆けていく。
障碍を飛ぶ。
ふわりと、馬が浮き上がる。
あんなに高いのを飛んじゃうんだ。
すっご……。
詳しいことは何も知らないけど。
なんだか、すごくカッコよかったぞ。
馬に乗ったあと、また、お兄ちゃんは馬を洗いにいく。
ここでは、馬の手入れをして終えるのが基本らしい。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「すまん、待たせたな。せっかくなので、ここで昼も食べていこう」
ログハウスみたいなところは、食堂になっているらしい。
「ここの兄ちゃんが作る料理はうまいぞ。
予約したら、コース料理も作ってくれるらしい」
マジか?
凄腕シェフか。
ログハウス――もとい、食堂に入ると、
少しチャラい感じのお兄さんが話しかけてきた。
「よう、大ちゃん。彼女かい?」
この人が、例の凄腕シェフなのだろう。
「いや、ちがうよ。でも、大切な……」
大切な?
なにかボソボソと言ってるけど、聞こえない。
「大切な?」
シェフがツッコんだ。
ナイス、ツッコミ。今日のツッコミ大賞を与えよう。
「……か、家族なんだ。親父が再婚して義妹ができたんだ」
なんだかお兄ちゃんは早口だった。
「ふぅん?」
シェフは信じてないようだった。
お昼をいただいた。
なんのことない、シェフのおすすめ日替わり定食だ。
でも……
「おいしい!」
「だろ!」
昼を食べ終えると、お兄ちゃんはさっきのパンツが入った袋を差し出した。いつの間にか、ジップロックとタオルまで入っている。
「更衣室にシャワー室がついてる。シャワー浴びた方がいいぞ」
シャワー浴びさせて、どこに連れてくつもりだぁ~。
あたしの妄想は、どんどん加速していく。
「馬は結構ニオイが付くからな」
え?
あぁ、そうなのね?
「あぁ、1回洗濯したくらいでは落ちないからな」
マジかぁ!?
おしゃれ着じゃなくて良かったぁ。
それで、着替えか。パンツと靴下は貸してもらわないもんな。
それで、ジップロックか。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
乗馬クラブに寄ったあとは、またロープウェーで山を下りる。
今度は、町の方向がガラス張りになっている。
町の景色が一望できた。
いいじゃん、いいじゃん。
だんだん下がっていくのが玉に瑕だけど。
次は、どこに連れていくつもりなんだろう。
あたしは、どことなくワクワクしていた。
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