お兄ちゃん、名前で呼んでほしいんでしょ?
「おはよう。お兄ちゃん」
「あぁ、おはよう。葉月」
そこまで言ってから、お兄ちゃんが少し固まる。
その様子に、家族の視線が注ぐ。
お母さんに至っては、何を察したのかニヤニヤしている。
「え~と、あの」
たじたじしている。少し顔も赤いぞ。
ふふん。何を頼もうとしているかは知ってるけどね。
昨日のなんちゃってAI相談で知ってるけどね。
あたしに名前で呼んでほしいんでしょ。
「なぁに? お兄ちゃん?」
あたしも、つい煽ってしまう。
「んん。いや、なんでもない」
あきらめるのかよぉ。
チキン。
ヘタレ。
根性なし。
あたしたちの仲は、まだまだ進展なし、のようだ。
「今週末、お兄ちゃんはどうするの?」
予定を知ってるけど、あえて聞く。
理由は簡単。
「乗馬大会というのに出るんだ」
お母さんが反応するが、それより先にあたしが言う。
「見てみたいなぁ。それ、見てみたいなぁ」
そう、これが聞いた理由だ。
今週末は祝日があるので3連休だ。
3日間も、皆月なんぞと一緒にいさせてなるものか。
「いや、俺が出るから、案内とかできないぞ」
「それでも、いいけど」
「邪魔にならないように、大人しくしてないと困るぞ」
「連れてってくれるだけでいいよ。そういうの見たことないし」
正直な気持ちだ。
この前、お兄ちゃんが馬を飛ばしているのを見てた。
あれは、カッコいい。
そういうのを見るのもいいだろう。
「出番いつなの?」
「俺が試合に出るのは日曜だけど……」
「けど?」
「馬を馴らすので、金曜からつきっきりになる」
あたしはかまわないよ。
3連休だから、仕事の予定もキャンセルしてたし。
「うん、わかった。
大人しくついていくから金曜から連れてって」
ふと、お母さんを見ると、何を察したのかニヤニヤしてた。
う~。ちょっと恥ずかしいじゃないか。
・ ・ ・ とある祝日の金曜日 ・ ・ ・ ・
俺は葉月を連れて乗馬クラブに来ていた。
週末の乗馬大会のために、連れて行く馬の輸送準備や、現地で馬を泊める臨時厩舎の準備などに追われている。
葉月は邪魔しないように遠くで見ているが、時折「あれって何してるんですか」と聞いている。
あいつ乗馬に興味あるのか?
今回、クラブで一番力の強い馬を借りられることになった。
とはいえ、弱小乗馬クラブであるうちの馬は、地域レベルで見ても、ふつうの域を超えない。
足に巻くプロテクターや、背中に乗せる馬着などを付けて、馬運車に乗せる。
このコは、とても大人しい馬なので、苦労はない。
だけど、大会のピリついた空気に晒されると豹変する。
うちで一番やんちゃなコだ。
名前は、タイタン。
乗馬は人と馬で行うスポーツだ。
とはいえ馬の能力によるところが大きいスポーツでもある。
高い跳躍力と高い走破力を持つ馬に乗る相手と戦うと、うめられない差を見せつけられる。圧倒的な差に気持ちをバキバキに折られる。
とはいえ、能力の高い馬の能力を邪魔しないように乗りこなすのは、とてもむずかしい。
ましてや、そういう馬を意のままに操るのはもっとむずかしい。
だから、馬だけでは勝てないし、人だけでも勝てない。
そういう世界だ。
この地区には、うちのタイタンでは、どんなに背伸びをしても敵わない馬がいる。
そういう馬を乗りこなすヤツがいる。
だから、わかっている。
絶対に1位にはなれないことを。
もちろん、親父に頼めば、すごい馬を買ってもらうこともできるだろう。
うちは、お金では困っていない。
だけど、俺にはそうしたいという気持ちがない。
大会に出るとはいえ、特に目標とかがあるわけでもないのだ。
自分の能力を再確認したいという程度だ。
俺にとっての一番は、エンジニアになって大成することだ。
そんな俺を乗せて競技に出てくれるタイタンには感謝している。
でも、まぁ知り合いが1位になるのは、俺にとっても誇らしいことだ。
だから応援している。
皆月美晴というヤツを。
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