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五十三

 自室へ帰る途中、彰が廊下で待っていた。

「さっきは、悪かった」

 そう言って、俺の前を塞ぐ。

「史哉から、聞いた。調理実習みたいだと楽しそうにしていたと……」

 聞いたのか。 ふぅと小さく溜息を吐く。

「あれだけ広い食堂で、たった四人って寂しいよな」

「……そうだな」

「夕食時間はさ、結構賑やかで、情報交換したりして……。最後だろ。楽しく、終わりたかったんだ」

 もう、二度と学院に戻って来れない。戻って来れたとしても、仲間たちは居ない。

「時間がないことは、分かってる。一刻も早く、行く必要があることも。でも、俺達は高校生で……」

 言い掛けて、止めた。彰を責める気は、更々ない。気持ちを切り替えるように、深呼吸をする。

「明日、早朝だったよな? 今夜の見張りは、どうするんだ?」

 彰に問えば、黙って首を横へ振った。

「当分、ゆっくり出来ねえだろうから、皆で休めばいい」

「皆でって、彰も休むんだよね?」

「…………」

 何、その沈黙。もしかして、一人で寝ずの番でもしようと言うのか?

「食事の事で、いちいち責任なんか感じて欲しくない。其々、十時就寝で、二時間ずつ交代する」

 きっぱり言い切ると、何故か溜息を吐かれる。

「責任とか、そんなつもりはねえよ。ただ、俺自身が不安で、眠れねえんだ」

 その言葉に驚いて、顔を上げた。

「不安って……」

「俺は、感染している」

「抗ウイルス剤を、打ったじゃないか」

 それに、今だって、普通に生活をしている。

「……確かに打った。だが、身体能力が狂ってるのも、確かなんだ」

 狂ってきている? 黙って見上げていると、再び口を開いた。

「走っても息切れしない。腕力、脚力、嗅覚、聴覚が上がって、日中の視力が低下してる。夜は、逆に視力が上がる。そして、以前より食欲が増えた」

 だから? そんなこと、最初で彰自身が、言ってたことじゃないか。

「何、それ? 彰が生きた屍になるとでも? 生きた屍や狂乱者は、思考しないし、悩まない。言語も使えない。大体、死んでるから。彰は、生きてるし、会話も成り立ってる」

 ハッとしたような顔を見せ、嬉しそうに微笑んだ。

「そうだな。……考えたり、悩んだりしねえよな」

 自分自身に言い聞かせるように、呟いている。

「そういうこと。じゃ、史哉と秋月に見張りの時間、伝えといてくれよな」

「澪は、どうするんだ?」

「シャワー浴びたいから、一度、部屋に戻る」

 苛々した気分は、霧散していたけど、汗を搔いた。さっぱりしてから、休みたい。考えるのは、今度にしよう。


 シャワーを浴びて、玄関ホールへ戻り、荷物の移し替えや、洋服の支度を整える。そして、剣鉈を研いでいた。

「谷崎君か。夜に、その音は怖いわ」

 自分でも、怖いなと思いながら、研いでいた。

「なんか、怪談話に出てきそうな感じがするよな」

 笑いながら答えると、驚いた顔をされた。

「怖いの苦手だったでしょ?」

「今でも、怖いよ」

 生きた屍も狂乱者も、怖い。オカルト系が苦手なのも変わらない。

「でも、足手纏いになりたくない。俺も、一緒に戦いたいんだ」

「……ごめん。私、酷いこと言ってたものね」

「否、言ってくれてありがとう。言われなかったら、変われなかったかもしれない」

 笑って答えると、秋月は苦笑した。

「私も、クロスボウの手入れしてから休むわ」

「僕もお邪魔していいですか?」

 史哉も玄関ホールへ出てきて、荷物の整理を始めた。

「……なあ、史哉。その角砂糖と塩の山は何?」

 リュックの中から出てくる砂糖と塩の量に、引いてしまった。

「糖分も塩分も必要なのは分かるけど、持って行くには多すぎるよ」

「少ないより、いいですよ」

 笑顔で答えると、その量を新しいリュックへ詰め直していく。どうやら、置いて行くという選択肢は、無いらしい。

「登山服は、町に入る前に着替えましょうか。何日掛るか分かりませんから、汚れないようにしておきましょう。靴は、明日から履いてくださいね。歯磨きセットも忘れてはいけませんよ。歯は大事ですからね」

 史哉が、まるで、引率の先生みたいだ。

「どうかしましたか?」

 呆気に取られてみていると、史哉が首を傾げて俺へ視線を向ける。

「なんでもないよ。うん、ちゃんと忘れないように準備する」

 慌てて、綺麗になった剣鉈を皮サックに仕舞い、歯磨きセットを取りに部屋へ戻った。

 十時就寝は、きっちり守られて、俺も二時間の見張りをして朝を迎えた。

 

 図書館の地下倉庫は、書類棚の痛みが激しい。腐食が進み、触れると鉄錆が落ちる。

「……これだ」

 彰が、呼ぶ先にすすむと、赤錆に包まれる重々しい扉が存在していた。

「これが、下水道への扉……」

 その雰囲気があり過ぎる扉へ、彰が鍵を差し込む。そして、俺の持つ鍵も差し込んだ。

「後は、この文字盤だ」

 (あらかじ)め、覚えてきたのか、並んだ文字盤を操作していく。

 全ての文字盤がセットされると、カタンと扉から音が聞こえた。

「澪、鍵を同時に回せ」

「分かった」

 呼吸を合わせ、タイミングも合わせる。

 ギイィィィ ガシャン

「っ!」

 錆付いた扉が音を立て、開いて行く。その先に見えるのは、闇……。

「地下倉庫に、この様な場所があるとは……驚きですね」

「でも……。何か出そうで、怖いわ」

 秋月。その 出そうとか、止めて欲しい。本気で、怖い……。彰は、図面を転げ、確認をしている。

「史哉と秋月、俺と澪のペアになって進む。俺達が、前だ。一番遠い場所まで、かなりの距離がある」

 図面を取り囲むように、覗き込む。

「随分、複雑ですね」

 言われてみると分岐点が、結構ある。行き止まりは少ないが、あみだくじを思い出す造りになっている。

「最短ルートで、進めるといいわね」

 石煉瓦で造られている、古い下水道。崩れている箇所があっても、不思議ではない。

「その時は、迂回するしかねえな。何があっても対処できるように、片手は開けとけ」

 そして、俺達は下水道へと、足を踏み入れた。


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