表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/56

五十二

 あれから、史哉が戻ってきて、詳しい情報を手に入れることが出来た。

 (おおむ)ね、秋月が話していた内容と、一致した。だが……。

「この国にも、ここ以外で、感染している場所があるようですが――――」

 学院以外で! 史哉の台詞に、俺は目を見開いた。

「……場所は?」

 彰が、静かに問いかけると、史哉が頭を振る。

「分かりません。信憑性があるのか、その裏付けも出来ませんでしたから。実際、この学院の事も、全く取り上げられていません」

 確かに、お盆も終わったというのに、誰一人として学院に帰って来ない。きっと、何らかの理由で道路が封鎖されているのかもしれない。

「国内の生きた屍については、中央政府が報道規制を掛けているようです。対策本部も、東南アジアの奇病に対して立ち上げられていると、報じられていました」

 国内で感染が認められれば、国民がパニックを起こす。中央政府が避けたいのは、その一点だろう。そのパニックに乗じて、テロリストが暴動を起こせば、手の付けようが無くなる。

「調べてくれて、ありがとう」

 史哉に礼を言い、彰を見る。

「瞳子さんと、連絡が取れたのか」

 史哉が玄関ホールへ帰ってくる直前まで、携帯電話で話していた。お袋という単語が聞こえていたから、相手は瞳子さんで間違いないはずだ。

「ああ。物資は、既に確保済みらしい。後は、どうやって辿り着くかだな」

「確保済みって……。瞳子さんは、こうなることを予想していたってこと?」

 感染が始まって、まだ、十日も経っていない。否、東條さん達の感染を含めると、十日目。幾ら、海外で感染が始まった事を知ったとしても、早すぎる。

「そう言えば、彰は子供の頃に映画を見せられたと言っていましたね」

「ああ。お袋は、ウイルスが発見され、研究が進む内に、こうなるだろう未来も予測していたようだ。自分の母親だが、末恐ろしい人だよ、まったく」

 瞳子さんの破天荒は、こういう状況に陥った時の為だったのか。

「場所は遠いが、着いてしまえば、どうにかなる。四人、行くと伝えておいた」

「僕達も、行っていいのですか?」

 史哉が、驚いた顔で彰を見た。

「他に、行く宛があるのか?」

「……ありませんが」

「秋月、てめえも連れて行く」

 ソファに、気まずそうな顔で座っている秋月にも、彰は声を掛けた。

「わ、私、行けないわよ! こんなことになったのは、私の母の所為なのよ!」

「だから、連れて行くんだろ」

 秋月を連れて行くのに、何か理由があるのか。俺達が彰を凝視していると、小さく嘆息した。

「俺も、さっき聞かされた内容だから、頭が混乱してんだよ」

 言葉を区切り、眉間に皺を寄せた。

「……二年前、薗村さんがお袋を訪ねていた」

 二年前……。秋月の両親が勤めていた研究所でバイオハザードが起きた頃だ。

「お袋に、抗ウイルス剤を完成させるまで、化石を預ってくれと頼んで姿をくらませたらしい。そして、半年前に完成したと連絡があった」

「半年前といえば、彼が学院の所長に就任した時期ですね」

「ああ、その通りだ」

 史哉が呟くと、彰も同意した。

「そして、サンプルとデータが届けられた日、それを受け取った助手が、サンプルとデータを持って姿を消したそうだ」

 サンプルとデータを持って姿を消した?  

「お袋が派遣元の研究所に問い合わせた結果、その助手は偽物だったことが判明した。本物の助手は、以前として行方不明らしい。国も秘密裏に、その人物を探しているらしいが、まだ見つかっていねえ」

「その偽物は、抗ウイルス剤のサンプルとデータだと知って、持って逃げたのか?」

「さあな。そこら辺も、詳細は分かってねえらしい。薗村さんは、警備員を雇って、輸送用コンテナを運ばせている。もしかすると、現金と勘違いしたんじゃねえかって話もあるようだ」

 現金と勘違い? それこそ、見当違いじゃないだろうか? 黙って考えていると、彰が話を進める。

「警戒した方が良いと判断したお袋は、そこの研究所を辞めて、地下へ潜った。国との連絡手段も、信頼できる人間のみ残し、今は絶っている」

 え? 驚いて顔を上げる。

「ちょっと、待って。それじゃ、寄生生物の化石は、どこにあるんだ? 大体、レベル4クラスの物だろ? そんなの持って姿を隠したら、犯罪になるんじゃないか?」

「だから、信頼できる人間だけ残したんだ。国からも、許可は取ってあるらしいぜ」

 そんなことが可能なのか? 疑い深く、彰を見ると苦笑された。

「澪が生まれた時と、状況が似ていると言った方が理解しやすいか? 表に出せない研究ってのが、国にも幾つもあるらしい。そのひとつと、いうことだ」

 漸く納得できたが、表に出せない研究って……。幾つかじゃなく、幾つもなのか。知りたくなかったな。

目を丸くしていると、彰は秋月に向き直った。

「そこで、秋月。てめえにも抗ウイルス剤の研究を手伝って貰う」

「私が? 無理よ! 確かにウイルス学も学んだけど、独学なのよ!」

「ウイルスの研究内容、持ってるだろ。それとも、手伝うのが嫌なのか?」

「嫌なわけないじゃない! やってやるわよ!」

「なら、決まりだな。必ず、生き延びるぞ」

 秋月の答えに、彰は片笑みを浮かべた。


 その後の話し合いで、翌日の昼過ぎ、下水道を通って脱出することを決めた。彰と史哉は、屋上へ行っている。

「谷崎君、鰹節が何処にあるか、知ってる?」

 秋月と俺は、その間に夕食の支度をしていた。この頃、まともな食事を食べてない。それなら、作ろうという話になった。

「ああ、それなら……。ここの棚に入ってる。それにしても、この食材って……」

 洋食を作るのかと思ったが、小鉢系の食材がテーブルに並べられ、目を丸くすると、秋月が口を尖らせた。

「何よ? 私が和食を作るの、そんなに変かしら? 海外に住んでいても、和食の材料は手に入るの! それに、家で食べる食事は父が作っていて、和食がメインだったから……」

 勢いのあった秋月の声が、小さくなっていく。

「あ……。ごめん」

 研究施設で、秋月が話していた言葉を思い出す。傍に居てくれたのは、父親だったと……。

「構わないわ。それに、私の作る洋食って、お肉が入ってるから、今は食べたくないのよ」

 謝罪すると、気を使ってくれたのか、話を逸らされた。父親のことは、俺も何と声を掛ければいいのか、分からない。秋月も、それを望んでない様に見える。だから、秋月の話に乗った。

「それは、同意見だ。見るのも、嫌だ」

 暫く、肉料理は遠慮したい。二人で笑い合いながら、支度を始める。

 夕食の献立は、白飯、かきたま汁、鮭の茸のホイル蒸し、ほうれん草のお浸しと五目野菜。あっさりしている方が、食事も進むだろうということで決まった。

 他愛のない話をしながら、調理をしていると、史哉がキッチンに入ってくる。そこに、彰の姿は無かった。

「いい匂いですね。お腹が空きますよ」

「あれ? 彰は一緒じゃなかったの?」

「ええ。彰なら、シャワーを浴びています。二人で外へ行っていたので」

 は? 外! 隣で、かきたま汁を混ぜていた秋月が、お玉を落としている。

「屋上に行ってただろ!」

「その後、外へ行ってたのです。ちょっと、取りに行きたいものがあったのですが、思った以上に彼等が、居たものですから参りました」

 否。まて。その、ちょっと隣へお使いに行ってきます的な言い方は、違うと思う。

「なんで二人だけで行くのよ! 危ないじゃない!」

 秋月が、責め立てるように、史哉へ詰め寄る。

「だって、『お金を取ってきます』なんて言ったら、絶対に澪が反対するでしょう?」

 ……お金を取って来るって。

「ハァ……。反対しないよ。脱出してから、九州までのことを考えれば、お金が必要なこと位、俺だって理解できるから」

 恐らく、そんな理由だろう。九州まで徒歩で行くと考える方が難しい。

 公共機関で行くと、お金がかかる。学院では、滅多にお金は使わない。だから、あるところから貰って来た。そういうことだろう。

「それと、全員分の登山服と、登山用の道具一式です。購買部にあった物を頂いてきました。今まで使っていた物は、血塗れですから外には持って行けませんしね」

 確かに、血塗れの道具なんて持って出たら、警察に連絡が行く。

「全員分ってことは、私の分もあるの?」

「勿論、ありますよ」

「良かった。これでクロスボウを持って行けるわ」

 秋月が喜んでいると、史哉も手を洗い、調理に参加した。なんだか、調理実習を思い出してしまう。

「何を笑っているんですか?」

「いや、なんだか調理実習みたいだと思ってさ」

 思っていることを口に出すと、二人が揃って顔を見合わせている。

「まぁ。確かに、そうですね」

「いいんじゃない? 張り詰めてばかりいたら、頭がおかしくなりそうだもの」

 そうやって、完成した料理を、食堂のテーブルに並べ終わる頃、彰が戻ってきた。

「須藤君って、あんな恰好してると、高校生に見えないわよね」

 シャワーを浴び、私服姿の彰を見て、秋月が呟いた。言われてみると……。

「何ジロジロ見てんだ?」

「大人だなぁと……」

 サングラスしてるからか?

「は? 馬鹿なこと言ってないで、飯にするぞ」

 全員が、席に着き、食事をとる。何気ない風景だが、広い食堂で四人だけというのは、少し寂しい。朝は、(まば)らでも、夕食時は賑やかだった。

 ここで、夕食後のお茶を飲みながら、役員たちと話をした。何気ない毎日が、こんなに大切なものになっていたのかと思うと、余計寂しくなってくる。


「脱出の事だが、明日の早朝出ようと思っている」

 一番、最初に食べ終わった彰が、口を開く。

「昼過ぎと決めていたが、感染が拡大しない内に着きたい。お袋も研究を始めているが、俺達の血液サンプルが欲しいと連絡があった」

 血液サンプル? 彰以外は、首を傾げている。

「俺達は、抗ウイルス剤を打ってる。つまり、免疫があるということだ。俺達の血液から――――」

「待ってよ! 薗村さんのデータがあれば、作れるでしょ? 研究施設に、残ってるかもしれないじゃない!」

 秋月が彰の言葉を止める。確かに、秋月の言う通りだ。実際、学院で抗ウイルス剤を作っているのだから、そのテータが残っていても不思議じゃない。

「何の知識もねえ俺達が、レベル4の施設に下りれると思ってんのか?」

「やってみなきゃ、分からないわよ!」

「無理だ。幾重にも掛けられたパスワードをハッキングするのに、どれだけ時間が掛かるか、知ってんのか! ゲームの世界じゃないんだぞ!」

「抗ウイルス剤を作り出す方が、ずっと時間が掛かるわよ! 薗村さんが一年半も掛ったのよ? そんな簡単に作れるもじゃないのよ!」

「だから、俺達の血液が必要なんだって、言ってるだろうが!」

「周防君のお母さんが、国の人と知り合いなんでしょ? 血液が必要なら、なんで、迎えを寄越さないのよ!」

「迎えなんか寄越したら、潜伏先がバレるだろうが!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! もう、感染は始まってるのよ! その間に、どれだけの人間が犠牲になると思ってるのよ!」

 確かに、大事な話だと理解できるけど、食事中にする必要はないだろうに……。

「御馳走様でした! ……二人ともヒートアップし過ぎ。お蔭で、食べる気が失せたよ」

 せっかく楽しく作ったのに、三分の一程度しか、食べられなかった。

 腹立たしい気持ちの儘、残飯と食器を片付けて、さっさと食堂を出る。史哉も、食べる気持ちが無くなったのか、食事を残して退席してキッチンへ入って行った。


 玄関ホールに戻りながら、彰が昼過ぎに話していたことを考えていた。

 瞳子さんの勤めていた研究所に助手として入った人間。

 東條さんの上官を感染させ、秋月に伯父さんの居場所を教え、それを利用した人間。 

 秋月の母親の死亡偽装、入国偽装を行った人間。

 伯父さんを、国際手配から匿った人間。

 繋がりがあるんだろうか? サンプルとデータを持ち出したのは、何故だ? 普及すれば、感染リスクが下がる。……待てよ。抗ウイルス剤があると困る? 利用目的が軍事利用だからか? でも、ウイルスの軍事利用は、この国で許可されなくて……。ああ、駄目だ。苛々も重なって、頭の中が、焦げ付きそうだ。


 秋月の母親サイドから、考え直してみよう。

 秋月の母親は、この国に滅びてもらうと言っていた。伯父さんが作った抗ウイルス剤が、瞳子さんの研究所で多量に生産されてしまったら、それは不可能となったはずだ。

 それを阻止する為に、偽物の助手が、瞳子さんの研究所に入り込んだ。秋月の母親は、瞳子さんと面識がある。自ら動くことが出来ない。

 じゃあ、伯父さんが抗ウイルス剤を、瞳子さんに持って行くことが、相手に知られた理由は何故なのか? 事前に知っていなければ、助手なんて手配できない。

 半年前に伯父さんは、所長として学院の研究施設に現れた。それまで伯父さんは、姿を消していた。その前は、国際手配されていた。そして……。

「伯父さんは、何所でサンプルを作ったんだ?」

 駄目だ。まったく掴めない。どこから、紐解けば、正解に近付ける?


 何度も繰り返して、考えていくが、どうしても途中で(つまづ)いてしまう。

「ちょっと頭を冷やして来よう」

 俺は、自室に戻りシャワーを浴びることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ