五十二
あれから、史哉が戻ってきて、詳しい情報を手に入れることが出来た。
概ね、秋月が話していた内容と、一致した。だが……。
「この国にも、ここ以外で、感染している場所があるようですが――――」
学院以外で! 史哉の台詞に、俺は目を見開いた。
「……場所は?」
彰が、静かに問いかけると、史哉が頭を振る。
「分かりません。信憑性があるのか、その裏付けも出来ませんでしたから。実際、この学院の事も、全く取り上げられていません」
確かに、お盆も終わったというのに、誰一人として学院に帰って来ない。きっと、何らかの理由で道路が封鎖されているのかもしれない。
「国内の生きた屍については、中央政府が報道規制を掛けているようです。対策本部も、東南アジアの奇病に対して立ち上げられていると、報じられていました」
国内で感染が認められれば、国民がパニックを起こす。中央政府が避けたいのは、その一点だろう。そのパニックに乗じて、テロリストが暴動を起こせば、手の付けようが無くなる。
「調べてくれて、ありがとう」
史哉に礼を言い、彰を見る。
「瞳子さんと、連絡が取れたのか」
史哉が玄関ホールへ帰ってくる直前まで、携帯電話で話していた。お袋という単語が聞こえていたから、相手は瞳子さんで間違いないはずだ。
「ああ。物資は、既に確保済みらしい。後は、どうやって辿り着くかだな」
「確保済みって……。瞳子さんは、こうなることを予想していたってこと?」
感染が始まって、まだ、十日も経っていない。否、東條さん達の感染を含めると、十日目。幾ら、海外で感染が始まった事を知ったとしても、早すぎる。
「そう言えば、彰は子供の頃に映画を見せられたと言っていましたね」
「ああ。お袋は、ウイルスが発見され、研究が進む内に、こうなるだろう未来も予測していたようだ。自分の母親だが、末恐ろしい人だよ、まったく」
瞳子さんの破天荒は、こういう状況に陥った時の為だったのか。
「場所は遠いが、着いてしまえば、どうにかなる。四人、行くと伝えておいた」
「僕達も、行っていいのですか?」
史哉が、驚いた顔で彰を見た。
「他に、行く宛があるのか?」
「……ありませんが」
「秋月、てめえも連れて行く」
ソファに、気まずそうな顔で座っている秋月にも、彰は声を掛けた。
「わ、私、行けないわよ! こんなことになったのは、私の母の所為なのよ!」
「だから、連れて行くんだろ」
秋月を連れて行くのに、何か理由があるのか。俺達が彰を凝視していると、小さく嘆息した。
「俺も、さっき聞かされた内容だから、頭が混乱してんだよ」
言葉を区切り、眉間に皺を寄せた。
「……二年前、薗村さんがお袋を訪ねていた」
二年前……。秋月の両親が勤めていた研究所でバイオハザードが起きた頃だ。
「お袋に、抗ウイルス剤を完成させるまで、化石を預ってくれと頼んで姿をくらませたらしい。そして、半年前に完成したと連絡があった」
「半年前といえば、彼が学院の所長に就任した時期ですね」
「ああ、その通りだ」
史哉が呟くと、彰も同意した。
「そして、サンプルとデータが届けられた日、それを受け取った助手が、サンプルとデータを持って姿を消したそうだ」
サンプルとデータを持って姿を消した?
「お袋が派遣元の研究所に問い合わせた結果、その助手は偽物だったことが判明した。本物の助手は、以前として行方不明らしい。国も秘密裏に、その人物を探しているらしいが、まだ見つかっていねえ」
「その偽物は、抗ウイルス剤のサンプルとデータだと知って、持って逃げたのか?」
「さあな。そこら辺も、詳細は分かってねえらしい。薗村さんは、警備員を雇って、輸送用コンテナを運ばせている。もしかすると、現金と勘違いしたんじゃねえかって話もあるようだ」
現金と勘違い? それこそ、見当違いじゃないだろうか? 黙って考えていると、彰が話を進める。
「警戒した方が良いと判断したお袋は、そこの研究所を辞めて、地下へ潜った。国との連絡手段も、信頼できる人間のみ残し、今は絶っている」
え? 驚いて顔を上げる。
「ちょっと、待って。それじゃ、寄生生物の化石は、どこにあるんだ? 大体、レベル4クラスの物だろ? そんなの持って姿を隠したら、犯罪になるんじゃないか?」
「だから、信頼できる人間だけ残したんだ。国からも、許可は取ってあるらしいぜ」
そんなことが可能なのか? 疑い深く、彰を見ると苦笑された。
「澪が生まれた時と、状況が似ていると言った方が理解しやすいか? 表に出せない研究ってのが、国にも幾つもあるらしい。そのひとつと、いうことだ」
漸く納得できたが、表に出せない研究って……。幾つかじゃなく、幾つもなのか。知りたくなかったな。
目を丸くしていると、彰は秋月に向き直った。
「そこで、秋月。てめえにも抗ウイルス剤の研究を手伝って貰う」
「私が? 無理よ! 確かにウイルス学も学んだけど、独学なのよ!」
「ウイルスの研究内容、持ってるだろ。それとも、手伝うのが嫌なのか?」
「嫌なわけないじゃない! やってやるわよ!」
「なら、決まりだな。必ず、生き延びるぞ」
秋月の答えに、彰は片笑みを浮かべた。
その後の話し合いで、翌日の昼過ぎ、下水道を通って脱出することを決めた。彰と史哉は、屋上へ行っている。
「谷崎君、鰹節が何処にあるか、知ってる?」
秋月と俺は、その間に夕食の支度をしていた。この頃、まともな食事を食べてない。それなら、作ろうという話になった。
「ああ、それなら……。ここの棚に入ってる。それにしても、この食材って……」
洋食を作るのかと思ったが、小鉢系の食材がテーブルに並べられ、目を丸くすると、秋月が口を尖らせた。
「何よ? 私が和食を作るの、そんなに変かしら? 海外に住んでいても、和食の材料は手に入るの! それに、家で食べる食事は父が作っていて、和食がメインだったから……」
勢いのあった秋月の声が、小さくなっていく。
「あ……。ごめん」
研究施設で、秋月が話していた言葉を思い出す。傍に居てくれたのは、父親だったと……。
「構わないわ。それに、私の作る洋食って、お肉が入ってるから、今は食べたくないのよ」
謝罪すると、気を使ってくれたのか、話を逸らされた。父親のことは、俺も何と声を掛ければいいのか、分からない。秋月も、それを望んでない様に見える。だから、秋月の話に乗った。
「それは、同意見だ。見るのも、嫌だ」
暫く、肉料理は遠慮したい。二人で笑い合いながら、支度を始める。
夕食の献立は、白飯、かきたま汁、鮭の茸のホイル蒸し、ほうれん草のお浸しと五目野菜。あっさりしている方が、食事も進むだろうということで決まった。
他愛のない話をしながら、調理をしていると、史哉がキッチンに入ってくる。そこに、彰の姿は無かった。
「いい匂いですね。お腹が空きますよ」
「あれ? 彰は一緒じゃなかったの?」
「ええ。彰なら、シャワーを浴びています。二人で外へ行っていたので」
は? 外! 隣で、かきたま汁を混ぜていた秋月が、お玉を落としている。
「屋上に行ってただろ!」
「その後、外へ行ってたのです。ちょっと、取りに行きたいものがあったのですが、思った以上に彼等が、居たものですから参りました」
否。まて。その、ちょっと隣へお使いに行ってきます的な言い方は、違うと思う。
「なんで二人だけで行くのよ! 危ないじゃない!」
秋月が、責め立てるように、史哉へ詰め寄る。
「だって、『お金を取ってきます』なんて言ったら、絶対に澪が反対するでしょう?」
……お金を取って来るって。
「ハァ……。反対しないよ。脱出してから、九州までのことを考えれば、お金が必要なこと位、俺だって理解できるから」
恐らく、そんな理由だろう。九州まで徒歩で行くと考える方が難しい。
公共機関で行くと、お金がかかる。学院では、滅多にお金は使わない。だから、あるところから貰って来た。そういうことだろう。
「それと、全員分の登山服と、登山用の道具一式です。購買部にあった物を頂いてきました。今まで使っていた物は、血塗れですから外には持って行けませんしね」
確かに、血塗れの道具なんて持って出たら、警察に連絡が行く。
「全員分ってことは、私の分もあるの?」
「勿論、ありますよ」
「良かった。これでクロスボウを持って行けるわ」
秋月が喜んでいると、史哉も手を洗い、調理に参加した。なんだか、調理実習を思い出してしまう。
「何を笑っているんですか?」
「いや、なんだか調理実習みたいだと思ってさ」
思っていることを口に出すと、二人が揃って顔を見合わせている。
「まぁ。確かに、そうですね」
「いいんじゃない? 張り詰めてばかりいたら、頭がおかしくなりそうだもの」
そうやって、完成した料理を、食堂のテーブルに並べ終わる頃、彰が戻ってきた。
「須藤君って、あんな恰好してると、高校生に見えないわよね」
シャワーを浴び、私服姿の彰を見て、秋月が呟いた。言われてみると……。
「何ジロジロ見てんだ?」
「大人だなぁと……」
サングラスしてるからか?
「は? 馬鹿なこと言ってないで、飯にするぞ」
全員が、席に着き、食事をとる。何気ない風景だが、広い食堂で四人だけというのは、少し寂しい。朝は、疎らでも、夕食時は賑やかだった。
ここで、夕食後のお茶を飲みながら、役員たちと話をした。何気ない毎日が、こんなに大切なものになっていたのかと思うと、余計寂しくなってくる。
「脱出の事だが、明日の早朝出ようと思っている」
一番、最初に食べ終わった彰が、口を開く。
「昼過ぎと決めていたが、感染が拡大しない内に着きたい。お袋も研究を始めているが、俺達の血液サンプルが欲しいと連絡があった」
血液サンプル? 彰以外は、首を傾げている。
「俺達は、抗ウイルス剤を打ってる。つまり、免疫があるということだ。俺達の血液から――――」
「待ってよ! 薗村さんのデータがあれば、作れるでしょ? 研究施設に、残ってるかもしれないじゃない!」
秋月が彰の言葉を止める。確かに、秋月の言う通りだ。実際、学院で抗ウイルス剤を作っているのだから、そのテータが残っていても不思議じゃない。
「何の知識もねえ俺達が、レベル4の施設に下りれると思ってんのか?」
「やってみなきゃ、分からないわよ!」
「無理だ。幾重にも掛けられたパスワードをハッキングするのに、どれだけ時間が掛かるか、知ってんのか! ゲームの世界じゃないんだぞ!」
「抗ウイルス剤を作り出す方が、ずっと時間が掛かるわよ! 薗村さんが一年半も掛ったのよ? そんな簡単に作れるもじゃないのよ!」
「だから、俺達の血液が必要なんだって、言ってるだろうが!」
「周防君のお母さんが、国の人と知り合いなんでしょ? 血液が必要なら、なんで、迎えを寄越さないのよ!」
「迎えなんか寄越したら、潜伏先がバレるだろうが!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! もう、感染は始まってるのよ! その間に、どれだけの人間が犠牲になると思ってるのよ!」
確かに、大事な話だと理解できるけど、食事中にする必要はないだろうに……。
「御馳走様でした! ……二人ともヒートアップし過ぎ。お蔭で、食べる気が失せたよ」
せっかく楽しく作ったのに、三分の一程度しか、食べられなかった。
腹立たしい気持ちの儘、残飯と食器を片付けて、さっさと食堂を出る。史哉も、食べる気持ちが無くなったのか、食事を残して退席してキッチンへ入って行った。
玄関ホールに戻りながら、彰が昼過ぎに話していたことを考えていた。
瞳子さんの勤めていた研究所に助手として入った人間。
東條さんの上官を感染させ、秋月に伯父さんの居場所を教え、それを利用した人間。
秋月の母親の死亡偽装、入国偽装を行った人間。
伯父さんを、国際手配から匿った人間。
繋がりがあるんだろうか? サンプルとデータを持ち出したのは、何故だ? 普及すれば、感染リスクが下がる。……待てよ。抗ウイルス剤があると困る? 利用目的が軍事利用だからか? でも、ウイルスの軍事利用は、この国で許可されなくて……。ああ、駄目だ。苛々も重なって、頭の中が、焦げ付きそうだ。
秋月の母親サイドから、考え直してみよう。
秋月の母親は、この国に滅びてもらうと言っていた。伯父さんが作った抗ウイルス剤が、瞳子さんの研究所で多量に生産されてしまったら、それは不可能となったはずだ。
それを阻止する為に、偽物の助手が、瞳子さんの研究所に入り込んだ。秋月の母親は、瞳子さんと面識がある。自ら動くことが出来ない。
じゃあ、伯父さんが抗ウイルス剤を、瞳子さんに持って行くことが、相手に知られた理由は何故なのか? 事前に知っていなければ、助手なんて手配できない。
半年前に伯父さんは、所長として学院の研究施設に現れた。それまで伯父さんは、姿を消していた。その前は、国際手配されていた。そして……。
「伯父さんは、何所でサンプルを作ったんだ?」
駄目だ。まったく掴めない。どこから、紐解けば、正解に近付ける?
何度も繰り返して、考えていくが、どうしても途中で躓いてしまう。
「ちょっと頭を冷やして来よう」
俺は、自室に戻りシャワーを浴びることにした。




