五十
管理室へ入ると、彰は史哉と、体調の話をしている。秋月の姿を探すと、モニターとパソコンを見比べていた。俺が居ることに気付いたらしく、秋月が手招きをしてくる。
「どうしたんだ? 何か、あったのか?」
「このモニターを見て」
指差されたモニターへ視線を向けると、外を映し出している。研究施設の入口に取り付けてあるカメラの映像だ。
「……凄い数だな」
カメラには、入口に殺到する生きた屍が、映し出されていた。
「中の音は聞こえてない筈でしょ? どうして、生きた屍が集まって来ているのかしら。それで、谷崎君が進化していると話していたのを思い出したのよ。何か、分からない?」
秋月の問いに、答えられることはない。だが、ひょっとすると……。
「生きている人間が、俺達だけになっていたとしたら……」
研究施設へ飛び込んだ時、外の生きた屍にも見つかっていた。その生きた屍の行動で、人間が居ると知り……。
「ここに、生きた屍が集まってきているのかも……」
「そんな……。それじゃ、何時まで待っても、出れないわよ?」
カメラの視点を切り替え、別な場所も見てみるが、建物を取り囲むように生きた屍が集まっている。彰と史哉も、様子のおかしい俺達に気付き、此方へ寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「研究施設が、生きた屍に囲まれてる。秋月が、気付いたんだ」
問題のモニターを指差すと、二人とも眉間に皺を寄せた。
「これは……。正面からは、出れそうもありませんね」
「流石に、これだけの数は倒せねえな……」
だからと言って、此処に留まっていても、餓死するだけだ。
「抗ウイルス剤を使っていても、食べられてしまっては、意味がありませんからね」
「ちょっと、気持ち悪いこと言わないでよ! 考えただけで、ゾッとなるじゃないの!」
確かに、自分が食べられるシーンは、想像したくないな。俺は、リュックへ仕舞いこんでいた図面を取出し、広げる。少し、気になることがあった。
昨日、伯父さんから手渡されたプレートに、金庫の番号以外の物が、含まれていた。
そして、この図面には、金庫の場所は書かれていない。恐らく、他にも図面に書かれていない何かが、ある筈だ。
俺は、図面に視線を走らせながら、口を開いた。
「彰、パソコンに建物の情報、出せるのか?」
「出せるが。……今度は、何を始めるつもりだ?」
三人の視線が、俺に寄せられる。図面から顔を上げ、彰を見据える。
「プレートは、持ったままだよね?」
「ああ、これか」
胸ポケットから取り出して、見せられる。
「その番号、金庫の番号と別な番号が書いてあるだろ。この図面には、金庫は書かれていないんだ。だから、もうひとつ図面と違う場所があると思う。それを探したいんだ」
彰と史哉は、戸惑うようにお互いを見合っている。
「それで、この状況を、打破できるでしょうか?」
史哉に問われて、悩んでしまう。正直、分からない。
「まあ、何もしないよりマシなんじゃないかしら? 今、出来ることなんて限られてるんだし、良いんじゃない。谷崎君、図面、コピーしてくれる?」
一番に動き出したのは、秋月だった。史哉と彰も意外に思ったのか、呆然としている。
「何、呆けた顔してるの? 早くしてよ」
「分かった。ありがとう」
俺は、人数分のコピーを取り、配っていく。史哉に頼み、其々の担当区分を決めて貰い、早速取り掛かるが、根気のいる作業だった。
研究施設は、学院内で小さい建物の方に入るが、構造は一番複雑だ。レベルが上がれば上がるほど、その構造は細かくなっていく。聞いたことのない単語が並び、その都度、彰に確認を取る。
その作業を繰り返し、一時間以上が経過した。
「……少し、休憩をしましょうか」
史哉が、皆に声を掛けた。
「そうだな。パソコンの画面を見てると、目が痛い」
彰が、伸びをして立ち上がる。その時、秋月が声を上げた。
「見つけた!」
その声に、秋月のデスクへ三人で、駆け寄る。
「どこだ?」
「非常用階段よ。地下二階の位置になるわ。ほら、図面では、唯の壁でしょ? なのに、パソコンでは、小さいけど、ドアのような物があるの」
見比べてみると、確かに違う。
「確かに、ドアに見えますが、何所に繋がっているのでしょう?」
図面で、地上の位置を確認すれば、学院全体を囲む塀と研究施設の間になる。
「……行って、確認するしかねえな」
見てみなければ、ドアなのか、金庫の様な箱物なのかも分からない。
「昨日の時点では、非常用階段には、一体も居なかったが、移動してるかもしれねえ。一応、荷物は全て持って行け」
図面を仕舞い、パソコンの電源を落とすと、出る準備を其々整える。そして、出る直前になって、肝心な事を想い出した。
「秋月の母親は、どうするんだ?」
「そのままでいいわよ。どうせ、無理難題を言い出すわ。大体、母が大人しく言うことを聞くとは、思えない」
誰よりも早く、秋月が答える。しかし、そのままというのは、余りにも残酷なように思えた。
「ですが、ロープで縛ったままですよ? ここのまま、置いて行くのは酷過ぎる気もしますが……」
史哉は眉根を寄せ、彰へ視線を遣った。
「……そうだな。酷過ぎるかもしれねえが、俺は秋月と同意見だ。そのまま、正面の入口を開けられでもしたら、どうする気だ?」
そうなれば、一巻の終わりだろう。
「とりあえず、非常用階段の安全確保と、プレートの番号が使えるか確認するのが先だ。その後、迎えに来れると判断したら、戻ってくればいいだろ」
彰が、皆に言い聞かせるように話す。俺も、これ以上、反論できなかった。
非常用階段の入口は、管理室の隣から入る。灯りはあるが、薄暗い。
「ちょっと、暗いわね」
「足元は見えますから、とりあえず、このまま進みましょうか」
史哉に促され、階段を下り始める。
地下二階にドアらしき物があると、秋月が話していた。そう遠くない距離だから、確かに灯りは必要ない。
「しっ!」
一番前を歩いていた彰が、口元に指を立て、俺達を制した。
「……生きた屍が、居る」
何かが動いている事だけは、なんとなく分かる。だけど、彰には、はっきりと見えているようだ。
「彰、何処に居るんですか? 位置を教えてください。位置が分かれば、僕たちも動く事が可能です」
「……そうか。見えるのは、俺だけだったな。地下二階、階段の踊り場を三段下り、壁側一メートルの位置だ。こちら側を向いている。……警備員だな。ヘルメットを被ってやがる」
そんなに見えているのか。凄いな。
「出来るな事なら、大きな音は立てたくありませんね。此処は、音が響きますから、地下に居る生きた屍に気付かれる恐れがあります」
そうなると、攻撃手段が限られてくる。
「秋月、頼めるか?」
「頼まれても、的が見えないと無理よ。それにヘルメットを被っているなら、正確に狙う必要があるのよ? 何か目印でもあれば、良いのだけれど……」
目印か……。待てよ、確か!
俺はリュックを静かに降ろし、中身を確認する。置いてきてなければ、東條さんに渡されていたはずだ。
「あった! これを使えないか?」
取り出したのは、レーザーサイトという銃に取り付けて使う道具だ。彰は、目が辛いかもしれないが、背に腹は変えられない。カチリとスイッチを入れると、壁に赤い点が写った。
「秋月、どうだ? これなら、顔面を狙えると思う」
「そうね……。周防君、赤い点を鼻に当てて貰えるかしら? それなら、何とかなりそうよ」
クロスボウの矢を取り出しながら、彰へ話しかける。俺は、レーザーサイトを彰に手渡した。
「こんな物まで、貰っていたのか?」
「何かの役に立つはずだと渡されたんだ」
「ま、確かに、役に立ったな」
小声で会話をする。矢の装填が完了したのを見届けると、彰が生きた屍へレーザーサイトを向けた。
「いくわよ」
自分自身に向けられた言葉なのか、俺達に向けたのか分からない。その言葉と同時に、矢が放たれ、見事に生きた屍の顔面へ命中させた。
ズルッとその場に崩れ落ちた屍を確認して、地下二階の踊り場まで下りて来れた。幸な事に、生きた屍は他に見当たらないようだ。
「これだよな?」
大人が一人、ぎりぎり潜れるサイズの扉だ。しかし、ドアノブは見当たらず番号を入力するテンキーが張り付いている。
「これに入力するようだな」
「プレートを照らしましょう」
史哉が懐中電灯を取り出し、彰の持つプレートを照らす。
「眩しいでしょうが、我慢してください」
「チッ。澪、おまえが持ってろ」
余程、眩しかったのか、プレートを手渡される。それを片手に持ちながら、数字を入力した。
ガチャリと、音がして扉が開いて行く。その中に、彰、史哉、秋月、俺の順番で中へ入る。
「これは……。配管トンネル……でしょうか?」
中は、非常用階段より灯りが点いている。
「俺も入ったのは、初めてだが……。恐らく、そうだろうな」
配管トンネル? 俺と秋月は意味が分からず、首を傾げて二人の話を聞く。
「どこに繋がっているか、知っていますか?」
「其々の建物に繋がっているが、こっちの図面は、見たことがねえな。史哉は、見たことがあるか?」
「ありません。しかし、全ての建物と言うことは、役員寮にも繋がっているのでは?」
二人の話で、漸く何の事を話しているのかが、分かる。ライフラインの点検通路だ。
「あるよ。ガス漏れの点検とか、電気ケーブルの点検で入る場所だよな? あそこなら、手動式だし内側からでも、開けられる」
備品置場の一角に設置されている為、そこに物が置けないと苦情が出て、覚えていた。
「そこまでの通路は、覚えているのか?」
「通路というほどの物じゃないよ。本当に、建物に沿ってあるはずだから、向きさえ間違えなければ、辿り着ける。ここからなら、左だね。位置的に、一番先まで真っすぐ行って、左に曲がれば、役員寮だよ。行き止まりだから、分かり易いはずだよ」
これが、カフェや購買部の建物なら、迷ったかもしれないが、研究施設も役員寮も塀沿いにある。そして、役員寮は一番端にある。偶然が重なり、都合の良い並びになっていた。
「それじゃ、一回戻って――――」
ガチャリ
「っ!」
今まで開いていたドアが閉まり、点検用通路の灯りも、全て消えた。真後ろに居た秋月が、俺に飛びついてくる。
「わ、私、暗いの苦手なのよ」
「分かったから、落ち着け。彰、史哉、居るよね?」
とりあえず、皆が揃ってるか、確認しなければ……。
「ええ、居ます」
「秋月、もう少し腕を緩めてやれ。澪の首が閉まってるぞ」
彰の言った通り、首が絞められて苦しい。だが、全員いることが分かってホッとした。史哉が、再び懐中電灯を点けると、秋月も安心したのか首を解放してくれる。
「どうして、電源が落ちたのでしょうか? 管理棟のシステムコンピューターは、破壊されていたのですよね?」
そうだ。管理棟からは、制御が出来なくなっている。それこそ、管理を任されている警備会社が……。
「もしかして、遠隔操作?」
そこまで考えていると、彰がハッと息を飲んだ。そして、腕時計を見ている。
「急いで、此処を離れるぞ!」
「は? 秋月の母親は?」
「戻る時間は、ねえんだよ! 史哉は秋月を頼む」
「意味が分からない。何を、そんなに焦っているんだ? 大体、確認が取れたら、迎えに帰ると言ったじゃないか!」
俺が反論しても、彰は無理やり腕を引いて、走り出した。史哉と秋月は、かなり前を走っている。
「待てって、言ってるだろ!」
「学院内は、停電に備えて、予備電源があることを、澪も知ってんだろうが!」
そんな事、言われなくても知っている。そう答えようとして、息を飲んだ。
予備電源に切り替わるということは、セキュリティシステムの全てが、一度オープンになる。つまり、ロックが解除されるということ……。まさか!
「二階の部屋には、生きた屍がいた。行っても、間に合わねえんだよ!」
彰は、足を止めそうになる俺を、引き摺るように引っ張り、走り続けている。
「ここも、灯りが点けば生きた屍が入り込んでくる! その前に、ここから出るんだ!」
そう言われて、暗闇を見回し、ゾっとなり……。俺も、自らの意志で走り始めた。




