四十七
秋月は、深呼吸をすると認証識別センサーの横にある、インターホンの呼び出しボタンを押した。
「母さん、私、華那よ。そこに居ることは知ってるのよ。ドアを開けて、ちゃんと説明してよ! 研究所で死んだんじゃなかったの! お父さんは、どうなったのよ! 開けてって、言ってるじゃない!」
最後の方は、悲鳴にも似た叫びになっていた。
『あら、彼から此処にいることは知っていたけど、生きていたのね』
彼……。秋月に、薗村のことを教えた政府の人だろうか?
「お母さん! お願い開けて!」
インターホンのスピーカーから返事が聞こえ、秋月も声を上げる。
『感染してないでしょうね?』
「してないわよ! してたら、来れるわけないでしょ!」
『……いいわ。ただ、暴れたら娘でも殺すわよ? お母さんね、銃を持ってるの。だから、いい子に大人しく出来るって、約束できるわよね?』
母親の言葉に、ドアの前に立つ秋月の顔色が、徐々に青白くなっていく。母親なのに、自分の子供を殺すというのか? そんなの、母親が言う台詞かよ!
「っ! ……お母さんは、私を殺すと言うの?」
グッと、耐えるように目を閉じていた秋月が、瞼を開き、言葉を紡ぐ。
史哉も彰も、そして俺自身、怒りを堪えるように拳を震わせていた。
『ええ、私の計画の邪魔をするなら、娘でも容赦しないわよ』
「…………わかった。大人しくしてるから、開けて」
母親の言葉に、暫く秋月は項垂れていたが、覚悟を決めたのか、或いは諦めたのか、スッと顔を上げる。
「もう、迷わない。あの人は父を死なせたんだもの。許せない」
そして、ドアのロックが解除された。
所長室の造りは、理事長室と大きくは、変わらない。書類棚や本棚が多い分、若干広めだった。
「あら、一人じゃなかったのね」
俺達が入室したことに気付いた秋月の母親が振り返り、品定めをするような視線を向ける。
「あらあら、いい男ばかり侍らせて、流石に私の娘だけあるわ」
「ふざけないで! どういうことなのか、説明してよ!」
俺達の前に立つ秋月が、母親に食って掛かる。
「せっかちねぇ。どこから話そうかしら?」
秋月の母親は、機嫌良さそうに言うと、奥へ視線を遣った。それを追うと、両方の太腿を撃たれている男性が目に飛び込んでくる。
「薗村さん! お母さんが、薗村さんを撃ったの?」
「ええ、そうよ。私の宝物を返してと頼んでいるのに、全然聞いてくれないから、お仕置きしてたところなの。でも、教えてくれないのよね。これ以上、撃って死なれても、私の宝物の場所が分からなくなっちゃうから、困っちゃうし……」
狂っている。その位、異様な笑顔だった。秋月は、伯父さんに駆け寄り、声を掛けている。
「薗村さん、薗村さん!」
ぐったりと床に倒れた伯父さんを、秋月が抱き起し、声を掛けると瞼を開けた。重傷を負っているが、まだ意識はある。
「……っ。華那ちゃん、かい? 無事……だったんだね。良かった。本当に、良かった」
「ごめんなさい! こんな、酷い……」
伯父さんは、秋月の顔を見て、ホッとしたように呟いた。
「こんなの、おかしいわよ! 元々、化石だって、お母さんの物じゃなかったんでしょ? どうして!」
「アレは、私の物だって言ってるでしょ! 華那も、晴臣や俊夫さんと、同じこと言うの? この国も晴臣も、私の研究を認めないなんて、許されることじゃないのよ!」
秋月が声を荒げると、母親も応戦するように声を荒げる。
「そんなの、当り前じゃない! お父さんが、生物兵器なんて許すと思ってるの!」
「フフフ。生物兵器、良い響きよね。そのお蔭で、大金が舞い込むのよ? 研究費用も馬鹿にならないのよ? それに、華那だって贅沢出来るのに、何が気に食わないの? ほら、こんな物も簡単に、手に入るのよ?」
恍惚とした表情で、指先を見つめている。その指先には、大粒の宝石が輝きを放っていた。
「ちょっと手を加えてやれば、金のなる木……違うわね。金のなる化石になるというのに、馬鹿よねぇ」
「まさか……。まさか、アレを売ったのか!」
伯父さんが、無理やり身体を起こし、声を張り上げた。
「ええ、売ったわよ。あのアンプル、幾らになったと思う? 一本が、一億五千万円よ。五本も売れたの。でも、作りたくても、俊夫さんが持って行っちゃったんだもの。作れなくなって、困ってるの」
伯父さんは、動かない両足の代わりに腕を使い、秋月の母親がいる場所まで、這い出てくる。
「馬鹿な……。そんなことしたら、世界中が恐慌状態に陥るんだぞ! 君も死ぬんだぞ!」
「私に関係ないわ。私の能力を欲しがる国は、幾らでもあるのよ。それを見せつける為に、この国に滅びてもらうの。だって、私を認めようとしなかった国が悪いだもの。まあ、アレが無かったから、実験サンプルを使ったけど、それでも充分、役目を果たしているわ」
そんなことで、国を亡ぼすというのか? そんなことの為に、沢山の人が犠牲になったのか? 彰まで、感染させたのか?
「お父さんは……どうして?」
呆然と母親を見ていた秋月が立ち上がり、母親に並ぶ。
「晴臣は、私の大事なアンプルを、俊夫さんと一緒に処分しようとしていたから、感染させてあげたのよ。簡単だったわ。俊夫さんがジョージを唆して、私の宝物を持ち出そうとしていた事を私は知っていたの。だって、ジョージは私のスパイとして俊夫さんに付けた助手だったから」
防犯カメラに、その男が映っていたのは、そういう理由があったのか。
「だから知らない振りをして、ジョージに盗ませた。その後、私が化石を受け取り、研究資料やアンプルを持って姿を隠す準備を済ませていたの。なのに、ジョージったら、私を強請ろうとしたの。それで、実験サンプルをジョージに、ご褒美として打ってあげたのよ。それを、晴臣に見られた。君に、研究者の資格は無いって、化石を取り上げられて。晴臣が、研究所の所長まで上り詰めることが出来たのは、私のお蔭なのによ?」
母親の話を、秋月は目を瞠り、聞いている。信じられなくて当然だろう。
「本当に最悪。化石を取り返しに所長室へ行けば、俊夫さんに渡した後だって、俊夫さんも研究室を出たって、晴臣に言われるし。頭に来たから、ポケットに残ってたサンプルを刺しちゃったの」
何処までも、自分本位な話に、苛立ちが増す一方だった。
「お母さんが、お父さんを殺したのね!」
「私の邪魔をしなければ、晴臣だってお金持ちになれたのに――――。っ! 返しなさいよ!」
突然だった。秋月が、母親の持つ銃に手を伸ばし、取り上げた。そして、銃口を向けた先は――――。
「ひっ!」
秋月の母親だった。その目に浮かぶのは、殺意。そして、憎しみ。
「殺してやる! 何時も……何時も、私の傍に居てくれたのは、お父さんだった! 熱を出した時も、事故に巻き込まれて病院へ運ばれた時も、ハイスクールに入学した時も、全部お父さんが居てくれた! お金なんか要らない! 返してよ……お父さんを返してよ!」
ガゥン
そして、その叫びと共に、銃声が鳴り響いた。




