四十六
その瞬間、秋月の身体が崩れ落ち、慌てて支えると顔色が真っ青になっていた。パソコンを扱っていた史哉と彰も、駆け寄ってくる。
「モニターに、秋月の母親が、映っているんだ」
二人は顔を見合わせ、再び秋月へと視線を戻す。
「谷崎君の推論通りに、なってしまったわ。取り乱して、ごめんなさい」
秋月は、自分の考えが根底から覆されてしまったのだから、辛い現実だろう。
「澪、何番に映ってるんだ?」
彰に声を掛けられ、モニターへ視線を戻し、ジッと見詰める。
「六番に映ってる……。なあ、奥に男の人が、倒れてないか?」
史哉と彰は、パソコンへ戻り、画像処理を始めた。俺は、近くにあった椅子に秋月を座らせる。
「谷崎君、ごめんなさい」
「……今は、休んでて。さっきは、助かったよ。秋月と史哉が居なければ、入口で死ぬかもしれなかった」
本心を伝えれば、何故か泣き出されてしまった。どうしていいか分からず、助けを求めるように彰へ視線を遣れば、彰には溜息を吐かれる。
「暫く、彼女のことをソッとしておきましょう。彼女は、自分の所為だと感じているから落ち込んでいるんです。澪にも、その気持ちが分かるでしょう?」
史哉が俺に声を掛けて、奥の席へと誘い、語りかけてくる。確かに、皆を死なせてしまったのは、自分だと責めていた。秋月も、同じように自分を責めている。そういうことか。
「おれも手伝えることがあるか?」
「とりあえず、生きる屍が居る範囲を特定している最中なので、休んでいてください」
その言葉に、ガックリと肩を落とす。管理関係で、俺に出来る仕事は無い。高等部でも、校内管理は、執行部の役割だった。彰も、史哉と別な席でパソコンを扱っている。
することもなく、ずらりと並ぶモニターを見る。地上階は、人影が映っていないモニターの方が多く、地下は逆に映っていないモニターが少ない。
六番は、彰たちが固定したのか、画面が切り替わることがない。
秋月の母親は、五十代だろうか。秋月は、父親に似てるんだろうか。母親とは、あまり似ていない気がする。
不意に、視線を下ろすと、彰の背中が目に入り、溜息を吐いた。俺、彰に何かしたのかな? 立ち上がって、彰の隣へ進んだ。
「ねえ、彰」
「今、忙しいから後にしてくれねえか」
なんだよ、それ。
完全に無視されて、でも座っていた席に帰るのも癪にさわって、その場に座り込む。
「じぁ、終わるまで待ってる」
「……ハァ。勝手にしろ」
なんなんだよ。勝手なことするなって言ってみたり、勝手にしろって言ってみたり!
俺は、立ち上がり自分の荷物を取りに行った。史哉と秋月は、驚いた顔で俺を見ている。
「どこに行くつもりですか?」
「所長室。もう、いい。……勝手にしろって言われたし、勝手にす――――」
「てめえはガキか。俺は忙しいと言ったはずだ。黙って大人しくしてろ」
彰は相変わらず、パソコンのモニターを見ている。
「忙しいのは、確かですが……」
困ったように、俺と彰を見比べている史哉に、これ以上は迷惑を掛けられなくて、俺は部屋の隅へ行って座った。昼前まで仲良くしてたのに、どうして、こうなったんだろう。
三十分程、経った頃。
「矢張り、地下には多くの生きた屍が居るようですが、既にエレベーターがロックされ、封鎖されていました。地下へ通じる非常用階段は、一体も見当たりませんでした」
秋月を含めた四人で、史哉の居た席に集まり、話を聞く。
「一階に十二体。二階の所長室に男女一組の人間、廊下に八体の生きた屍が居ます。ただ、モニターで確認したのですが、女性は銃を持っているようです」
矢張り、銃を持ってるのか。ちらりと秋月を見るが、俯いていて顔が見えない。
「もうひとつ、問題があります。所長室は、薗村さんの認証カードでなければ、此方側から開けられません。彰が、認証コードの書き換えが出来ないか試みていたんですが、出来ませんでした」
そんな技術もあるのか。やっぱり、彰は凄いな。
「廊下の八人は、俺と史哉でやる。お前達は、後ろに居ろ」
黙って聞いていた彰が、告げた内容に納得が出来ず、キッと睨み上げた。
「ふざけてんの? 八人も居るんだよ! なんで、俺まで後ろに、回すんだよ!」
「所長室への廊下は、狭い。大勢で戦える場所じゃねえんだよ。大体、澪は勝手な行動をし過ぎだ。そんなんで、連携が取れると思ってんのか?」
「だからって!」
「澪、分かってください。廊下では、彼女のクロスボウも使うことが出来ません。狭い中での立ち回りになりますから、無暗に矢を放てなくなるんです。そうなれば、彼女は身を守ることも出来ないんです。二階で暴れれば、一階の生きた屍に気付かれる可能性もあるのです」
背後から来るかもしれない生きた屍を警戒しろと、史哉は言いたいのだろう。確かに、廊下の八人を相手にしていれば、秋月が無防備になり、気付くのも遅れる。
「……分かった。でも、無理だと判断したら飛び込むから」
二人が、生きた屍になる所なんか見たくない。況して、二人を手に掛けるような事になってたまるか! 彰を睨み上げたまま了承すると、彰が片笑みを浮かべた。
「それでかまわねえ。準備を始めろ。五分後に管理室を出る」
それだけ言い放つと、くるりと背を向け、出る支度を始めた。やっぱり、変だ。なんで、俺を遠ざけようとするんだよ? グルグルと、今までの行動を頭の中で、振り返っていく。
まさか――――。
離れて行く彰の左腕を掴み、制服の袖を捲り上げる。嘘だろ……。
「何時だよ! 何時、怪我したんだよ!」
俺の叫び声に、史哉と秋月も慌てて、駆け寄ってくる。彰は、諦めたのか、為されるがままになっていた。
「……施設の入口が、開いた時だ。咄嗟に退いたが、引っ掛かれちまった」
赤黒く、抉られた傷痕。
「澪には、気付かれたくなかったんだがな」
寂しげに微笑む彰を見て、あの時みたいに自分の中で、何かが弾けた。
「……さない」
「どうしたんですか?」
「赦さない!」
「澪!」
ガタン!
そのまま、管理室のドアから飛び出し、二階へ続く階段を駆け上がる。足音を聞きつけたのか、踊り場にいた生きた屍が振り向き、手を伸ばし、此方へ動き始めた。その足を、下から薙ぎ払うように切り落とすと、前のめりになり、その頭へ剣鉈を見舞った。
「一人目……」
踊り場から二階を見上げると、三人の生きた屍が見える。一番手前にいる生きた屍を蹴り転ばせて、その横にいる生きた屍の胴へ剣鉈を振るい、そのままの勢いで、もう一人の胴へ回し蹴りを入れる。
剣鉈で攻撃した生きた屍は、自分の血液で滑って立ち上がれずにいる。それを後回しにして、一番最初に転ばせた生きた屍を蹴って反転させ、背中に乗って首を刈り落とした。
「二人目……」
「後ろだ!」
その声に振り返ると、眼前まで手が迫っている。退いても間に合わない。咄嗟に屈み、横へ回転して躱すと、剣鉈の刃を返し、腕を下から上に斬り上げた。バランスを崩した生きた屍は、よたよたと後退し、それに合わせ、脇腹へ横蹴りを入れる。
転がった生きた屍の頭へ叩き付けるように剣鉈を振り下ろすと、グシャリと側頭部が潰れた。
「三人目……」
ようやく立ち上がって生きた屍は、腰を曲げた状態で、顔だけを前に向けている。その頭へ上から剣鉈を見舞った。
「四人目。……後、四人」
奥へ進もうとすると、腕を引かれた。
「澪! いい加減にしろ!」
「離せ……。彼奴等、絶対に赦さない」
廊下の奥に蠢く姿が目に入り、駆けようとするが腕が掴まれていて、叶わない。
「チッ。こうなることが、目に見えてたから、言えなかったんだろうが! いいか、絶対、離れるなよ」
そう言って、彰が腕を離した。その瞬間、奥へと駆け出す。後ろで、彰が舌打ちをしているのが、分かったが聞かなかったことにして……。
所長室までの道程は、俺が剣鉈で、生きた屍の足を切り落として転ばせ、彰が倒す。それの繰り返しだった。
「少し、遅れて、しまいました」
最後の一人を倒して振り返ると、血に染まった木刀を持った史哉と、肩で息をする秋月が立っていた。
「一階の、管理室に近い場所に居た者たちは、始末してきました。当分は、支障は出ないと思います」
「いきなり飛び出すなんて、何考えてるのよ。着いていく、私達の身にもなりなさいよね」
上がった息を、鎮めるように胸へ手を当てていた秋月が、俺を射抜くような視線で見た。
「ここからは、バトンタッチよ。私が、必ず……。母に鍵を、開けさせるわ」




