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四十三

 役員寮を出ようとして、またしても問題が、発生した。

「これだけは、会長権限を行使されても、譲れません」

 史哉が、秋月に武器は持たせないと言い張ったからだ。

「俺も、だな」

 彰もか。俺は、小さく溜息を吐く。嘘を吐き続けていた秋月を信用できるのかと問われれば、俺も否と即答する。だから、二人の気持ちは、充分に分かっている。

「相手が銃を持っている可能性があっても、それでも無理なのか?」

「無理です。尚更、武器を持たせたくありません。その銃を持っている相手が、彼女の母親であるなら、彼女は僕達に武器を向ける可能性だってあるのですよ?」

 それは、どうだろう?

「それは無いわ! だって、母さんはお父さんを……お父さんを殺したようなものなのよ!」

 秋月は、それだけ言って涙目になり、俯いてしまった。秋月は、母親より父親に懐いていたのかもしれない。

「秋月は、どうしたい?」

 こうなれば、本人に訊くしかないだろう。

「武器は、持っては行けない。信用してもらえないのが、今なら分かるから。出来るだけ邪魔にならないようにするから」

 俯いたまま答える秋月を見てから、彰、史哉へと視線を巡らせる。二人も譲る気持ちは無し。秋月にまで、武器を持たないと言われてしまえば、俺が折れるしかなさそうだ。

「そうか。なら仕方ない。彰と史哉は秋月のサポート。俺が、前衛の形で行く」

 悩んだ挙句、出した答えに、三人揃って俺を見る。

「は?」

「どういうことです?」

 どういうことも何も、言葉のままだ。

「俺の動いた後を追ってきたなら、三人とも俺がしたこと知ってるだろ? 約束通り、無茶はしない。前衛は、俺だけでも充分に果たせるから」

 そんな風に言うと、彰に、咎めるような視線を向けられる。

「てめえ、本気で言ってんのか?」

「他に方法があるのかよ? 知らない場所なんだ。奴等が、居るかもしれないのに武器無しで、どう戦えと言うんだ! 戦えないなら、護るしかないだろ!」

「なら、女を置いて行けばいいだろうが!」

「二人とも止めてください! 澪、お願いですから、僕達の気持ちも分かってください」

 俺と彰の言い争いを、史哉が身を挺して、止めに入って、頭を下げられた。

「……ごめん。言い方が悪かった」

「チッ……。勝手にしろ!」

 それだけ言うと、彰は玄関ホールから奥へ姿を消した。俺は、彰を完全に怒らせてしまったみたいだ。

 史哉は、困惑した表情で奥へ続く扉を見ていた。

「俺は、大丈夫だから、史哉は彰の傍に居てくれ」

「本当ですね?」

 不安げに揺れる瞳を見て、一瞬逸らしそうになり必死に堪える。

「こんな役、押し付けてしまって……ごめん」

「彰のこと、必ず連れ戻してきますから待っていてくださいね」

 それだけ言って、後を追っていった。

「秋月も、寮母室へ戻っててくれ」

「……なんで? なんで、責めないのよ! 全部、私が悪いのに、なんで、責めないのよ?」

「責めてほしいのか? 確かに、責められた方が楽だしな」

 俺も、同じように思ったことが何度もあるから、秋月の気持ちが理解できる。図星だったのか、秋月は目を伏せた。

「それに、悪いのは秋月じゃなくて、全部、俺だから……。ごめんだけど、考えたいことがあるから、一人にしてくれる?」

 突き放すように背中を向ければ、離れていく足音が聞こえた。

「上手く……いかないな」

 ポツリと言葉が零れて、目から落ちた雫が床を濡らす。出入り口を開け、外に出ると、その場に座る。雨は上がったようだが、まだ風は強かった。

「彰と喧嘩なんか、したこと今まで無かったな」

 ぼんやりと外を見つめる。こんな風に、外をゆっくりと見るのは久しぶりだ。


 涙が乾くまで暫く座り込んでいると、いきなり後ろの扉が勢いよく開かれた。

「こんな所に居たのか! この、バカ野郎!」

「っ!」

 出し抜けに怒鳴られ、目を見開いていると、腕を掴まれ玄関ホールのソファに座らされた。玄関ホールには、汗だくになった史哉と秋月も居る。

「……どうしたんだ?」

「また、一人で行ってしまったのかと……思いました」

 まさか、寮内に居なかった俺を、三人で探していたのか?

「ごめん。ただ、一人になりたくて、外に出ていただけなんだ。もう、勝手に行かない。其々に傷ついて欲しくないと思っていると言ったのは史哉だろ。彰との喧嘩は、初めてで自己嫌悪……。彰?」

 俺の腕を掴んでいる彰の手が、震えている。

「彰、ごめん。ただ、二人の足枷にならない様に頑張ろうと思ったんだ。でも、堂々と命令するのは、俺には無理だ。彰に命令されたり、史哉に色々言われてる方が、俺には合ってる」

 色々考えて出せた答えは、今までの五年間と同じでありたいという思いだけだった。

「……嫌うわけねえだろうが!」

 ぎゅっと、彰の腕の中に納められて少し苦しいけど、これが彰なりの優しさなのかもしれない。でも、ちょっと、やりすぎじゃないか?

「彰。……く、苦しい」

 このままじゃ、呼吸が出来ない!

「み、澪? 悪い、締めすぎた」

「苦しかった」

 涙目で答えると頭をワシワシと撫でられる。うん。やっぱり、こっちの方が俺達らしい。

「一件落着で、いいのかしら?」

「そのようですね。澪、今度から、一人になりたい時は、部屋へ戻ってください。僕達の心臓が幾つあっても持ちません」

 ソファの後ろから声を掛けられ、真上を見上げると史哉と秋月が立っていた。

「史哉、秋月もごめん。今度から、そうする」

 見上げ続けていると秋月と視線が合う。どうしたのかと聞く前に、秋月が口を開いた。

「飯田君が言ってた意味、なんとなく分かった気がするわ」

「史哉。秋月に何か言ったのか?」

「さて、どの言葉のことでしょうか?」

 史哉も首を傾げている。

「周防君と谷崎君を傷付ける人間は許しませんって、怖い微笑みを張り付けて、私に言ってたじゃない。そのことよ。純粋に相手の事を想い合ってるってことだったのね」

 史哉、怖い微笑みって、どういう笑い方をしてるんだ?

「その話ですか。ええ、正解です。友達のことを、此処まで純粋に考えられるのは、今時、貴重な存在だと思いますのでね」

「確かに、その通りかもしれないわね」

 友達を想うことに、純粋も不純もあるんだろうか?

「てめえら、澪に余計な事吹き込むんじゃねえ!」

「ほら。こういう番犬が居るので、澪は余計に純粋なままなんです」

 彰が番犬? 史哉は、微笑みながら秋月に説明しているが、秋月の顔は若干引き攣ってる。

「え、ええ。でも、周防君は、あえて選ぶなら、猛犬のような気がするわ」

 隣に座る、彰をジッと見る。

「彰は、イヌ科だったらオオカミだと思う。オオカミは、怖がられること多いけど凄く愛情深いんだよな。……あれ? 俺、なんか変な事、言ったか?」

 三人の視線が集まり、首を傾げると史哉と秋月が笑い出した。彰は、呆れ顔で二人を見ている。史哉は、笑い上戸なのか? 今まで聞いたことのない話だが、意外な程、よく笑う。

 二人の笑いが治まると、彰が真剣な眼差しを向けてくる。

「俺も史哉も、まだ女の事を信用できねえ。ただ、澪が持たせるって言うなら、黙って見ていてやる。てめえも、澪の信用を失うような事しやがったら、今度こそ容赦しねえから覚えとけ」

 後半は、秋月に向かって言っていた。秋月も素直に頷いている。黙って見ていると、史哉が奥から何かを持って来た。

「貴女のクロスボウです。投げた時に、少し壊れてしまったので、修理してあります」

 投げた時って……。史哉、何をしたんだろう? 差し出されたクロスボウを見て、秋月が涙ぐむ。

「ありがとう……」

「大事な物だったのですか?」

 史哉も、戸惑った声を出した。

「お父……父が、私の誕生日にプレゼントしてくれた物だったの」

 そうか。形見だったのか。納得していると、史哉は深々と頭を下げた。

「そんな大事な物と知らず、酷いことをしてすみませんでした」

「……私の方こそ、あの時は、ごめんなさい。私の方が、何倍も飯田君に酷いことをしたんだから、投げられても仕方なかったのよ。後、谷崎君」

 ボウガンを受け取った秋月は、俺の名を呼ぶ。

「酷い言葉を沢山言って、化け物なんて言って、ごめんなさい。私の所為で、周防君と喧嘩をさせて、ごめんなさい」

 秋月は、謝る必要ないと思うんだけど……。実際、両親が殺されれば、憎く思えるだろうし、自分でも化け物だと思う部分がある。喧嘩だって、俺が浅慮だったからだ。

「……謝られる理由が無いよ」

 困ったように呟けば、秋月が頭を上げた。

「いっぱい、あったわよ。なのに、なんなの! 谷崎君、人に優しすぎるわよ!」

 優しくないと思うが。ああ、謝って欲しいのは、俺にではなくて……。

「俺は、優しくないよ、秋月。たぶん、今から凄く酷いこと言うから……。謝るのは俺にじゃなくて、第一鑑賞室で眠ってる奴等に、謝ってほしい」

 秋月の身体がピクリと撥ねる。

「皆に謝るのは義務だよ。何も知らない、何の関係もない生徒を巻き込んだ。勿論、秋月だけに行かせるつもりはない。俺も関係者だから、一緒に謝る」

「じぁ、俺もだな」

「僕もですね」

 ソファに座っていた彰が立ち上がり、俺に並ぶ。そして、史哉も並んだ。

「皆で、謝りに行こう」

 ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、秋月は大きく頷いた。


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