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四十一

「もう、暴れたりしないよね?」

 項垂れた様子の秋月に声を掛けると、僅かに頷いた。母親のしてきたことを知り、ショックだったのかもしれない。

「彰。ロープを外してあげて」

「いいのか?」

 厳しい顔のまま、俺を見てくる。確かに、俺の両親を奪ったのは、彼女の母親なんだろうが実感がないのも確かだ。それに、見ている限り、本当に彼女自身知らなかった様子だ。

 俺が頷くと、秋月の後ろへと回り、ロープを外してくれる。

「とりあえず、玄関ホールへ行こうか」


 秋月とテーブルを挟んで座り、もう一度、問いかける。

「母親は、日本で研究できないと言ったんだよね?」

「国に申請したけど、許可が下りなかったから、海外で研究していると言ってたわ。どんな研究をしているのか知ったのは、両親が亡くなった後だった」

「そう……。じぁ、俺の話をしたのは、国の人? それとも、秋月の母親?」

 彰の話では、政府の人から聞いていたと言ったらしいけど、信用できない。

「母から、貴方の母親が培養機に『澪』と話しかけていたって、聞いてたわ。若い頃の薗村の写真……。ううん、貴方の母親に貴方は似ているの」

 美咲さんとは夢であったが……。そんなに、似ているだろうか?

「確かに、澪は美咲さんに似ているな。俺も、それで澪だと確証できたんだ」

「それじゃ、澪の母親は、とても美しい女性だったのですね?」

「お袋の持ってる写真を見ると、澪の両親は美男美女だな」

 いや、二人とも今は、そんなこと話してる時じゃないだろう。

「そ、そう。じぁ、俺の夢の話は?」

「高等部の総会で、貴方を見て、名前を知って……。それから、貴方のことを調べたの。偶然、周防君と夢の話をしてるのを聞いて、利用できると思った。ただ、周防君に聞かれたのは予想外で、咄嗟に政府の人から聞いたと嘘を吐いたけど……」

 あの夢の話を、聞かれているとは考えもしなかった。確かに、校内で彰に訊ねられたこともあった気がする。

「伯父さんの話を知ったのは、誰から聞いたの?」

「それは、本当に知らない人よ! 政府の人間だってことしか知らないわ! 本当に知らなかったのよ……。母の作ったサンプルのことだって! 全部、研究所から消えていたの! だから、私は犯人が薗村だと思ったのよ!」

 必死に訴える姿に、嘘は無いと思う。全て、辻褄が合っている。ただ……。

「彰から、秋月の両親が研究のことで喧嘩をしていたと聞いたんだけど、どういう理由で喧嘩をしていたのか、秋月は知ってる?」

「喧嘩の理由は、分からない。ただ、父は母を止めたがっていたような気がするわ。どうして、分かってくれないんだと嘆いていたから……」

「…………」

 今の状況で、秋月に俺の考えていることを、説明する事は出来ない。

 研究所での事件は、秋月の母親が起こした可能性がある。実際、秋月は両親の遺体と写真を確認していない。死体を偽装することも可能かもしれない。

「まだ、俺を殺したい?」

「分からないわ……。だって、貴方の両親を奪ったのは、私の母だもの。……貴方は、どうなのよ? 私を殺したいと思わないの?」

「秋月の考え方って、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって古事に当て嵌まるよな。俺は、生まれた時から両親が居ないから、そう言う意味での憎しみは秋月に対してないよ。ただ、どうして直接向かってきてくれなかったんだろうって悲しさはある。そうすれば、少なくとも今のような事態にならずに、済んだかもしれない。政府の人の思惑を、止められたかもしれないという思いは、あるかな」

 たぶん、秋月が政府の人と呼んでいる人物と東條さんの上官を感染させた人は、同一人物。そして、秋月の母親と繋がっている。

 俺の答えに耐えきれなくなったのか、秋月は泣き出してしまった。酷いことを言ったの自覚しているが、秋月自身に現実と向き合って欲しいからだ。

 たった一人の憎しみで、もう百人以上の人間が、犠牲となっている。こんなこと、赦されていいことじゃない。


 秋月が落ち着くまで、休憩を取る。彰と史哉に告げると、史哉がお茶の支度をしてくれた。どうやら自室から、紅茶セットを態々持ってきてくれたらしい。

「ハーブティーを飲むと落ち着くので、丁度いいでしょう?」

「慣れているんだな」

「ええ。父が。……一昨年亡くなってしまったのですが、その父が、苦労性な人だったので、よく淹れて飲ませてました。昔は、外交官を勤めていたのですが、離婚をした時に一般企業に移ったのですよ。中々、馴染めなかったのでしょうね。ですが、見るからに疲れていても、僕の前では笑顔でいてくれたのです。とても、尊敬していました。父が亡くなった時、母と兄に葬儀の連絡を入れたのですが、来てもらえませんでした。まあ、母と兄には新しい家族も居たようでしたし、来れなかったのでしょうね」

 話をしてくれる史哉は、寂しそうに見えた。

「思い出させて、ごめん」

「澪が、謝る必要はありません。僕が、澪に聞いて欲しかったので、話したのですよ。僕のことを、少しでも知ってもらいたいと思ったんです。澪の事ばかり、知るのは不公平ですからね」

 そんな考え方もあるのか。

「……彰のお母さんは、どんな人なんだ?」

 瞳子さんとは、彰の話をしたことがない。立場的には、医師と患者だったと思う。

「お袋か?……一言で言い表すなら、破天荒な人だ」

「破天荒?」

 史哉と顔を見合わせてしまった。

「ああ、サバイバル術や武術を教え込んだのも、ブービートラップ。……澪が目を覚ました時にボウガンの矢が飛んでっただろ? ああいうトラップのことなんだが、それを教えたのは、全部、お袋なんだよ。俺を、どこの戦場に送り込もうと思ってんのか……」

 彰の言葉に、思わず笑いが零れる。凄い、お母さんだ。

「やらされる身になってみろ。(たま)ったもんじゃねえぞ! 酷い時には、地図と方位磁石と食糧を持たされて、山に置き去りだぜ? しかも、猪や猿がいる山ん中!」

 それは……。流石に、怖いかもしれない。

「で、ですが、そのお蔭で澪に逃げられなくて済んだのですから、結果的に良かったのではありませんか」

 先に立ち直った史哉が、告げると彰も落ち着いたようだ。世の中、知らない方が良かったと思うこともあるんだな。


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