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四十

「怪我は、どうだ?」

「お陰様で、軽傷で済みました」

 先に入った史哉に、彰が声を掛ける。俺は、気まずくて部屋の隅に立っていた。

「昔から、変わらねえな。何かあると部屋の隅っこに逃げる癖。よく、隅っこで泣いてたもんな。会長権限使ったのを気にしてんなら、堂々と命令しろって、いつも言ってんだろうが」

 史哉との会話を済ませ、俺の元へ歩いてきた。

「まったく。ほら、行くぞ」

 彰に腕を引かれ、部屋の中央へ連れていかれる。

「それで、貴女は一体、何をしたいんですか?」

 俺たちが揃うと、早速、史哉が秋月に問い掛けた。

「早く逃げようって言ったのに、二人が閉じ込めたりするからでしょ? 大体、何で此奴を連れてきてるの? さっきだって、周防君に横暴な命令してたじゃない! 飯田君も、部長が貶されてるなんて、嫌でしょ!」

 秋月の言葉に、思わず怯み、後退りそうになる。それを、史哉に止められた。

「笑わせないでください。貴方が、役員の何を知っていると言うのですか? この学院では、其々が小さな自治区です。それを取り纏めるのが、生徒会会長の役割です。自治区の長が、友達だから、友人だから、そんな雰囲気で物事を治めることが出来るとでも?」

「史哉、こいつに言っても意味がねえ。先に進めろ」

 史哉の言葉を止め、彰は秋月の前に屈んだ。

「政府の奴から、八日前の早朝、今日から楽しいショータイムが始まるとショートメールが来たといったな?」

 八日前? 政府の人? ショータイム? それって、まさか……。

「自衛隊の部隊が派遣され、同じウイルスに感染して全滅していた。昨日、聞こえた銃声は自決する為の音だ。無関係の人間が、数多く亡くなった。中には子供がいる人間もいただろうな。てめえは、研究所で両親が殺されたと言っていたが、まったく同じ事をやってんだよ」

「っ……。私は関係な――――」

「まだ、関係ないと言い張るのか?」

 どういうことなんだ? 意味が分からず、史哉へ視線を遣るが首を振るだけだった。黙っていろと言いたいらしい。

「てめえは、何を知ってて、何をした?」

「……フフッ。アハハハハ! なーんだ。もう、分かってるんじゃないの? 知ってることは、前に話したことで全部よ。やったことなんて、些細な事よ。政府の人が、門を閉めに来た時、梯子を準備して……。その人が逃げた後、退かして逃げただけ……」

 高笑いを上げた秋月が、項垂れて話した内容に驚愕する。秋月は、共犯者に協力していたということだ。

「その些細なことで、学院から逃げ出せなくなり、多くの死者が出ているんですよ?」

 史哉が、溜息を吐き、彰と同じように秋月の前に屈む。

「まさか、あの男が母の作ったサンプルを持ってるなんて思わなかったのよ!」

 その言葉に、戦慄が走る。こんな物が、戦争で使用されれば、瞬く間に世界中が混乱に陥るだろう。高校生の俺でさえ、先が見えるというのに、秋月の母親は、一体何がしたいんだ?

「ああ、それと屋上にいた生徒は、実験体に襲われたんじゃないわ。撃たれて死んでたから、私が落としたの。いかにも実験体がやりましたって、話にすれば寮から出ようとするでしょ?」

 秋月の言葉に、彰と史哉の顔が強張っていく。

「てめえ!」

「駄目です!」

 彰が振り上げた腕を、史哉が掴んで止めている。

「離せ! こいつだけは赦せねえ!」

「僕も同じ気持ちです。それでも、駄目なものは、駄目です! 話をさせるのが先でしょう?」

 怒鳴り合いになり、それを見ていた秋月は笑っている。確かに、これじゃ駄目だ。

「彰、史哉。一回、外に出よう。感情的になったら、解ける謎も解けなくなる」


 廊下に出て、秋月が見える位置で止まる。二人は、怪訝な顔をしたが、秋月から目を放すのは、危険な気がした。会話が聞かれても、支障はない。

「俺の居ない間に、どんな話をしたのか、教えて欲しい。話が繋がらなくて、意味が分からない部分があるんだ」

 素直に言えば、史哉が全てを纏めて話してくれた。ただ……。

「義兄じゃないと思う。確かに、義兄は知っていたけど、政府の要職に就けるような人ではなかった」

 養父母に甘やかされて育った義兄は、我慢の出来ない人だった。自分の思い通りにならないと暴れ、部屋から出て来なくなる。養父母は、義兄の言いなりだった。

「瞳子さんを除外して、俺のことを知っている人に心当たりはある? 俺の生まれる前後の間で」

 彰は、瞳子さんから話を聴かされている。当時のことを知っているのは、彰と瞳子さんだけではない筈だ。

「……辛い話を聴くことになるぞ?」

 きっと、美咲さんと和彦さんのことだろう。頷くと、暫く黙していた彰が口を開いた。

「当時、研究所では二つの研究グループに分かれ、寄生生物の研究をしようとしていた。その一つが、美咲さん、和彦さん、俊夫さん、お袋だった。寄生生物から見つかったウイルスは、非常に毒性が強いが、コピー能力と増殖能力も高かったらしい。澪の培養機に使わたのは、その毒性を取り除かれたウイルスだと俺は考えている。もう一つのグループは、そのウイルスを生物兵器へ転用することを考えていたらしい。当たり前の話だが、そっちの研究は国が許可しなかった。培養機の研究は、以前から美咲さんと明彦さんが取り組んでいて、既に何度か実験も繰り返していたから、完成するまで時間が掛からなかった。ただ……国は認めていても、研究を公表していなかった。倫理的な部分で障害のある分野だったからな。現実的に、国民の総数減少に歯止めを掛けたかった国としては、苦肉の策だったんだろう。それが、世間に漏れた。研究内容が、週刊誌にリークされたんだ。国民の非難を恐れたのか、国は研究許可を出したことを否定した。お袋は、俺を妊娠していて、二人が亡くなった時、その研究所には入れなかった。だから、詳細までは分からねえ。ただ、その後、俊夫さんから手紙が届いた。研究室の引き渡しに応じなかった二人が、殺害されたことと、寄生生物が盗まれたこと、そしてリークした人間が研究所内の人間で、その人物の行方を探すと書かれていた。それと、研究所の鍵が同封されていたらしい。澪は生きている。お袋の手で、助けてやってほしいと」

 そうか。そんなことがあったのか。

「美咲さんと和彦さんも、言っていたよ。……瞳子さんが、必ず助けてくれるって」

「悪夢の中で……か」

「今は、悪夢だとは思っていないよ。美咲さんと和彦さんが、命を懸けて助けてくれたんだから。……それより、リークしたのが研究所内の人間なら、俺のことも知ってるはずだよね?」

 確かに、理由が解らないまま見ていた時は悪夢だった。二人が俺の両親で、そして俺を守る為だと知った今なら、あの夢を見ても悪夢だとは思えないだろう。

「確か……佐藤(さとう) 芳子(よしこ)――――」

「嘘よ……そんなの、そんなわけないじゃない! 母さんの物だって、母さんが見つけたって言ったんだから!」

 急に、寮母室に居た秋月が叫んだ。矢張り、聴いていたんだろう。顔色が真っ青だ。

「……秋月。君のお母さんの名前と旧姓は?」

 寮母室へ入り、秋月の前に屈む。項垂れていて、秋月の顔は見えなくなった。

「佐藤……芳子よ」

 すっかり、反抗する気力を奪われてしまったのか、先程までの覇気は消えてしまった。

「君のお母さんが、国外で研究を始めた理由を聞いたことがある?」

「……日本じゃ、許してもらえなかったからって」

「そうか……」

 さっきの、秋月の言葉『母の作ったサンプル』が、切っ掛けだった。前に、彰が感じていた違和感。作った人物の動機だ。日本で、こんな物を作っても意味がない。

 それは、俺も同じだった。だから、強いて言うならテロリストだろうと考えた。まさか、国を恨むとは、考えが及ばなかった。

 もしかしたら、秋月の母親は自分の研究を認めなかった、この国自体を、恨んでいるんじゃないだろうか? 


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