三十八
夕食を食べ終わり、ずっと疑問に思っていることを、二人に訊ねた。
「二人は、秋月の名前を呼ばないよな? 何か、理由があってのことなのか?」
俺の知る限り、二人とも秋月の名前を呼んだことがない。彰は、あいつ、おまえ、てめえ、女。あ、クソ女もあった。史哉は、彼女と貴女だ。
理由もなく、そんなことをする二人じゃないことは、重々承知している。だけど、ただ単に嫌いだからとか、気に入らないという理由なら、生徒会長として止める必要がある。
「そういえば、呼んだことがありませんね?」
「俺もねえな。何故って言われたら、なあ?」
二人は、お互い困った様に見合っている。
「秋月 華那だろ。名前は知ってるが……」
彰が答えると、史哉も俺を見る。
「一日目に会議室へ集まって貰いましたよね? 僕達にとって、その時の印象が、悪すぎたのですよ。澪は、見えない位置だったので、分からなかったのですね」
そう言って、史哉が失笑する。
確かに、一番前に居たから後ろの秋月は、見えない。そんなに酷かったんだろうか?
「荒田や他の一般生徒は、しっかりと俺たちの話を聴いていた。だが、あの女は発言はしたが、余所見、欠伸、髪を弄る等の行為が多く、会議内容は殆ど耳に入っていなかっただろう。会議に参加する者の姿じゃない」
「そうですね。話を聞く態度が、余りにもなっていませんでした」
執行部部長と副部長としての意見か。
それならば、逆に注意することだって出来たはず。他にも、何か理由があるのか?
「それに、ずっと澪を睨みつけてた」
「っ!」
睨まれていた……? 秋月は、俺が薗村の甥だと知っていたんだから、睨んでいても不思議ではない。今なら、彰たちも秋月が俺を睨む理由を、知っているが……。
だが、何も知らない状況で、その行為を見たならば、確実に心象は悪くなる。
「いずれにせよ、名前を呼ぶことは有りません。彼女とは、他にも色々と有りましたしね」
史哉が、凛とした態度で答える。そうか、秋月とは、他にも色々とあったのか。俺も、役員寮を出る時に、任せてしまったしな。彰も、同じなんだよな。二人に、悪いことをしてしまった。
「澪が、原因じゃねえから、気にすんな」
項垂れていると、頭上から声が掛けられた。
「そうですよ。澪が、気に病むような問題ではないです。そんなことより、見張りの順番を決めて休みましょう。明日、研究施設へ行くのでしょう?」
いきなり、研究施設の話題になり目を瞠る。確かに、行く予定だが……。
「そうだな。明日は早目に出るから、体が持たねえ。二時間交代で、澪が一番、俺が二番、史哉が最後で良いだろ。五時起きで、支度は二十分。五時半出発だ」
ちょっと、待ってほしい。いつの間に、一緒に行くことになった!
「彰。俺は――――」
「却下だ」
「まだ、何も言ってないだろ!」
「どうせ、一人で行くって言い張るんだろうが。だから、却下と言ったんだ。役員寮で待つなら、一緒に行動した方が早い。俺たちの疑問も解ける」
勝手に進んでいく話に、頭が痛くなってくる。史哉も彰に同意しているらしく、早々にソファへ横になってしまった。
「二時間後に、起こせ」
それだけ言うと、彰も横になった。
話しかけることも叶わず、仕方なくソファへと腰を下ろす。それこそ、研究施設へ行かないという選択肢もある。だけど、伯父さんに会わなければ、一生後悔する気がした。
ただ、一緒に行くとしても、秋月をどうするつもりでいるんだろうか? それ以前に、秋月が一緒に行動してくれるだろうか? どう考えても、答えは否だ。
俺は、危険なことは承知の上で研究施設へ行くと言った。だけど、敵地に向かうような行為に着いて来ようと言い出す、二人の気持ちが理解できない。
「史哉のいう通り、俺は人の気持ちに疎いらしい」
前も今回も、彰より史哉が怖かったと苦笑する。彰は、付き合いが長い分、心得ているんだろう。そのかわり、彰は拳が飛んでくるが。
ふと、ソファで眠る史哉へ視線を向ける。彰が『動』なら、史哉は『静』だ。彰が、優しい人間を怒らせると怖いと言っていたが、間違いなく史哉のことだな。
視線を史哉から正面に戻し、唐突に今なら一人で行けるのではないかと頭を過る。その考えを、否定するように頭を振った。
見張りをしている。何かが起きたら大問題だと。それでも、自分の問題で仲間を振り回すのかと、心が揺れる。
「怒られるの……やだけど、二人が傷つくのは、もっと……やだな」
零れ落ちる言葉を、彰と史哉が聞いていたことに気付かなかった。
音を立てずに自室へ荷物を取りに行く。新堂さんと東條さんが持たせてくれた物を、自分のリュックへと詰め直した。
リュックの底には、束になったドッグタグが入れられている。新堂さんから預った。出来れば、駐屯地へ届けてほしい、と。ずっしりとした重みが、それだけ沢山の犠牲者が出たことを表している。勿論、新堂さんと東條さんのドッグタグも含まれている。
春物の服に着替えて、ベルトに皮サックを通す。ボロボロの剣鉈でも必要になるかもしれない。いざとなれば、サバイバルナイフを使うしかない。他にも、ツールを幾つか持たされたが、戦闘向けじゃないと聞かされている。木刀も持って行く。これだけあれば、どうにか持ち堪えられる筈だ
全ての準備を整え、部屋のドアを開けようとしたが……。
「……開かない?」
ドアノブを回し、幾ら押してもドアが開かない。途方に暮れていると――――。
「朝まで、部屋で反省してろ。馬鹿野郎が!」
彰? 怒鳴り声が、聞こえてきた。
「出して!」
「誰が、出すか!」
それっきり、叫んでも彰の返事が返ってくることはなかった。きっと、玄関ホールへ戻ったんだろう。自室の目覚まし時計へ視線を向けると、十二時前。
「……ははは。朝は、覚悟した方がよさそう」
俺は、準備した荷物を床へ置き、ベッドに腰掛けて項垂れた。




