三十七
俺は、意識を失った後に見た夢の話を話した。秋月と美咲さんの話の相違点、疑問点も説明した。そこまで話して、彰を見る。
「美咲さんと和彦さん、そして美咲さんの兄さんのこと、彰は知ってたんだね」
これは、話の途中で、彰が自ら言い出した。彰の母親、瞳子さんが十九年前まで、三人と同じ研究チームに居たという事と、寄生生物の化石を発見したのは、確かに伯父さんだということを話してくれた。
彰から聞いて思い出したが、悪夢にも瞳子さんの名前が出てくる。
「知ったのは、学院に入学した後だ。澪を見つけて、お袋を問い詰めたんだ。お前が居なくなった理由は、最後まで教えてくれなかったが、澪の両親と俊夫さんの事は話してくれた。十九年前、結婚と同時に研究職を離れたらしいが、その後も三人との交流はあった。だから、どういう経緯で、澪の両親が亡くなったのかも聴かされた。悪夢の話を聞いた時、記憶が甦っていることも気付いた。だが、澪に記憶が無い以上、俺から話す事は出来なかった。あの女の話が、お袋から聞いた話と食い違いがあって、妙だとは思っていたんだが……」
そうだったのか。そんなことまで、知っていたのか。
「矢張り、幼い頃に面識があったのですね? 澪が知らない事を彰が知っている様子でしたから、偶に疑問を抱いていたのです」
「悪かった。気軽に話せる内容じゃねし、俺自身の話じゃねえからな。澪を培養機から外に出したのは、俺のお袋だ。澪が、五歳になる頃まで一緒に居た筈なんだ。……なあ、澪。俺が岩から落ちた後、何があって、何故、お前は消えたんだ?」
史哉に説明しながら、俺にも訊ねてくる。瞳子さんが頑なに秘密にしている事を、俺が話していいんだろうか? それに、これを話すなら、培養機を完成させるためにウイルスを使ったことも話さなければならなくなる。迷っていると、彰が先に口を開いた。
「話してくれ。お袋は、澪の記憶が戻るまでは話せないと言っていた。だから、お前の口から聴きたい」
「……そうか。分かった、話すよ――――」
その日は、体調も良くて小母さんにも外に出ても大丈夫だと言われ、浮かれていた。偶に遊びに来てくれる彰を見つけて、ついてくるなと言われたのに、彰を追いかけた。
庭までしか出たことの無かった俺は、直ぐに彰を見失って、森で迷子になった。帰り道が分からなくて泣いていると、岩の上から彰が顔を出して、そっちへ行くから待ってろと言われて、素直に頷いてしまった。今なら、どんなに危険な行為を彰にさせてしまったのか、分かる。
そして、岩の途中から足を滑らせた彰が、落ちてきた。彰は、謝罪する俺に答えるように、家の方向を指差した。だから、必死に走って瞳子さんを呼びに行った。
「瞳子さんが、彰を連れて帰った時、重症だったと思う。だけど、瞳子さんが言ったんだ。俺の血があれば、彰が助かるかもしれないって。だから、俺の血あげるから、彰を助けてって答えた。血液検査されてたから、血を抜かれることに抵抗はなかったしね。彰の寝ているベッドの隣に寝かされて、色々な機械に繋がれたところで俺の記憶は、一度消えてる。目が覚めた時には、瞳子さんのことも彰のことも、それまでの事も、全て忘れていたんだ。瞳子さんに、ごめんなさいって泣かれて……。その日から、暫くして児童福祉施設へ移ったんだと思う。そこら辺の記憶は、途切れてる。病院だったり、知らない部屋に居たり。たぶん、身体の状態が酷かったんだ」
2人とも、特に彰は、真っ青な顔色になっている。追い打ちを掛けるようで、嫌な気持ちになったが、覚悟を決めた。
「言うか、言わないか、散々迷ったのは、別に理由があるんだ。さっきの夢の話だけど、続きがある。美咲さんの話では、俺の生まれた培養機に、生きる屍を生み出したウイルスが使われてるらしいんだ」
「それが、真実なら澪は、何故、生きていられるんですか? それに、彰も澪の血液を輸血しているんですよね?」
史哉の疑問は、俺も解けなかった。
「分からない。美咲さんは、薗村に聞けって言ってた。全て自分の所為だって思ってるから、救って欲しいって。瞳子さんなら、そのことについて、何か知ってるかもしれないけど、連絡取れないから……」
彰は、難しい顔をして宙を睨みつけている。やっぱり、傷ついたのかな。
「彰、瞳子さんは悪くない。俺が言い出したことなんだ。だから――――」
「俺が考えていたのは、お袋の事じゃねえ。お前のことだ」
俺のこと? じっと見られ、困ってしまい史哉を見るが、首を傾げている。
「澪は、奴等の血を浴びてるのに、感染しない」
確かに、今のところ感染していない。それが、どうかしたんだろうか?
「……澪の身体には、ウイルスに対する抗体があるんじゃねえのか? お袋が、澪の血を欲しがったのは、別に何らかの理由があるんだろうよ。だがな、普通に考えてみろ。五歳になるかならないかの子供から、輸血用に血液を採るか? 記憶が途切れて当然だ。あのクソババア!」
途中から、段々と物騒な言葉遣いになって、少し引いてしまった。
「彰、ストップ!」
「…………なんだよ」
「瞳子さんを責めるな! さっきも言っただろ。俺が、瞳子さんに『あっくんを助けて』って、お願いしたんだ」
「だからって、やって良いこと悪いこと――――」
「俺は、彰が生きていてくれて嬉しいよ。それじゃ、駄目なのかよ!」
倫理的には、彰が正しい。でも、気持ちの問題でもあると思う。俺は、瞳子さんじゃないし、親の気持ちも分からないけど、きっと生きていて欲しいって気持ちの方が、上回ってしまったんだ。俺も、彰をたすけたかった。ただ、それだけ。
俺の気持ちを伝えると、何故か、彰は拗ねた様に外方を向いてしまった。
「ストッパーの威力は、絶大ですね」
「ストッパー? 何の話なんだ?」
「澪には関係ねえ。史哉も黙ってろ!」
史哉は、俺と彰の姿を見比べて、とうとう堪えきれなくなったのか、お腹を抱えて笑い出してしまった。
結局、史哉の言葉の意味がサッカーの話なのか、ドアの話なのか分からないまま、完全に不貞腐れてしまった彰に即され、遅めの夕食を取ることに決まった。




