三十五
ソファから起き上がり、辺りを見回すが、人の気配は無い。身体は清められ、自室に置いてきたはずの衣服を身に着けていた。こんなことが出来るのは、彰や史哉しか居ない。
今のうちに、少し頭の中を整理しておこう。
十九年前に発見されたウイルスは、秋月に寄ると合衆国が秘密裏に研究していたウイルスで、二年前に伯父さんが盗んだウイルスであるということ。
美咲さんに寄ると、元々伯父さんが発見したウイルスで、そのお蔭で培養機が完成して、俺が生まれたって話していた。
俺、十七歳だよな? 確か、赤ちゃんって産まれるまで十ヶ月掛かるんだよな? 培養機でも十ヶ月掛かるのか? 否、今は、そっちじゃなくて……。
当時、ウイルスは日本にあったのか?
それに……なんで、同じウイルスを使ってるのに、俺は、死んでない? 何故、感染者と違うんだ?
しかも、俺の血を輸血した筈の彰も、感染してない。小母さんは、何か知っていて、あの時、俺の血を欲しがったのか?
纏めようと考え始めたのに、次々と浮かぶ疑問に頭を抱えそうになる。確かに、これは美咲さんの言った通り、伯父さんという人物に会って話した方が早い。
「……伯父さんは、研究室に居るのかな?」
美咲さんが会って話せと言ったということは、学院内に居る。だけど、発生源も研究室なら、生きているかも分からない。
せっかく助けてもらったけど、これは俺の問題だし、彰たちを巻き込むのも違うように思える。
正直、どんな顔で彰たちに会えばいいのか分からない。逃げ出したのは、俺だし。大学部から此処まで、連れて帰ってくるのも大変だった筈。秋月さんも、俺の顔なんか見たくないだろうし。
「一人で、行った方がいいよな」
結論を出して、寝かされていたソファから立ち上がろうと、床へ足を下ろす……と、細い紐に足先が引っ掛かった。その途端、派手な音を立て、向かい側にあった青磁の壷が割れた。壁には、矢が刺さっている。
「っ!」
恐々と足元を確認すれば、ソファの横にボウガンがあった。
「洒落にならないって。なんでこんな――――」
「勿論、澪が勝手に動き回らないようにする為ですよ? 目覚めたら、また澪は何処へと行ってしまうでしょうからね」
「っ!」
驚いて声のした方へ振り向くと、史哉と彰が立っていた。
うん。怖いよ。別な意味で、今すぐ、逃げ出したい。二人の背後に般若と阿修羅が見える。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!」
ソファに正座して、思い切り頭を下げる。所謂、土下座の体勢だ。
「それは、何に対して謝罪しているんでしょうかねえ?」
頭上から、声がする。土下座していて見えないが、2人がソファの前まで歩いてきたんだろう。
「逃げ出したりとか、勝手な行動したりとか、迷惑かけたりとか……」
先程、考えていたことを口にする。
「僕が怒っているのは、そのような事ではありません!」
史哉が怒鳴る声に驚いて、頭を上げると胸倉を掴まれた。
「無茶をするなと、あれほど言ったはずですよ? 激情に身を任せて戦うのは、愚の骨頂だと。長を務めるならば、殊更、己を律し、物事を冷静に判断できるように努めることが大事だと! それなのに、何故、あのような場所で倒れるまで戦い続けていたのですか! しかも、全身が血に染まるような戦い方をして、感染するとは思わなかったのですか! 僕たちが、どれ程、心配したか……苦しんだか、分かっているんですか!」
身体を激しく揺すられても、抵抗できなかった。それだけ、俺のことを心配してくれていたと思うと、反論なんて出来ない。
美咲さんが言っていた。心配している、苦しんでいると……。まさか、俺のことだなんて本当に思いもよらなくて……。
「ごめん。謝っても、意味ないのは分かるけど……本当に、ごめん」
前に、同じ言葉を彰にも言ったけど、本当に他の言葉が見つからない。
俯いているから史哉の顔は見えない。だけど、腕を濡らす雫が目に映り、申し訳なさで、胸がいっぱいになった。
「あの前……倒れる前にさ、自衛官の新堂さん東條さんって人に会ったんだ。カフェで、生きた屍と勘違いされて、東條さんに気絶させられてさ……。気づいたら大学部の医務室みたいな場所に寝かされてて……。二人とも、俺よりずっと辛い想いをしたはずなのに、笑って俺を助けられて良かったって。東條さんも新堂さんも、感染してるって分かっても、仲間たちの所に逝けるなら、それでいい。仲間たちが人を襲う側へ回る前に止められたから、それでいいって。俺や彰は、友達や知り合いを救ってやったんだから、自分を責める必要はないって、笑って言ったんだ」
話し始めて、堰を切ったように溢れ出す涙に、史哉は手を胸元から外して、覗き込んでくる。
「必ず、生き残れ。それが、俺たちの小隊にとって、一番の手向けになるって、脱出する為の手掛かりとか、彰たちが、カフェに居たことまで教えてくれて……」
今までの出来事を、二人に、しっかりと伝えたかった。
「俺が出たら、仲間の元へ逝くって……部屋を出されてさ。その後……。その後、銃声が聞こえて! なんで、あんな良い人まで、巻き込まれなきゃならなかったんだって! 俺……。俺さ―――――」
そうだ。あの音で、俺の中の何かが弾けたんだ。
「もういい。分かったから、話すな」
史哉を押して、目の前に来た彰が苦悶の表情で伝えてくる。
でも、言わなきゃ、いけない。嫌われてしまうかもしれない。それでも……。
「感染した人たちも被害者なのに、原因を作り出したのはウイルスだって理解しているのに、憎くて恨めしくて……」
「分かったと言ってるだろうが!」
うん。分かってくれてるのも理解できてる。だけど、言わせて……。
「だから、俺が奴等の首、ねこそぎ刈り取ってやったんだ……」




