三十 周防 彰
「一緒に来ますか? それとも、一人で寮に残りますか? その選択権は、勿論、貴女に有りますので、選んでください。僕としては、貴女と共に行動するのは非常に不愉快ですが、澪との約束が有りますので、貴女という存在を無暗に放置するわけにいかないのですよ」
寮母室まで、二人で行くと史哉から話を切り出すと言われ、俺は黙ったまま遣り取りを聞いていた。
「どういうこと? 実験体が寮を襲うまでは、此処から出ないって話だったじゃない。態々、危険な場所に自ら出て行くなんて、頭がおかしくなったんじゃないの?」
確かに、最初の予定では、その通りだった。澪の体調を整え、脱出するつもりでいた。計画を狂わせた本人に言われるとは、思いもしなかったがな。
「僕と彰は、澪を探しに行きます。ああ、貴方に、その拒否権は無いですよ? 貴女が約束をさせた内容は、貴女を殺さない。それだけです」
女の目が見開かれ、顔が歪む。
「そんなの、屁理屈よ。貴方、彼奴に私のことは任せろと言ってたわ。それなのに、彼奴を選ぶと言うの? それに、彼奴が出て行って半日以上経ってる。もう、とっくに死んでるわよ。」
「澪は、そんな簡単に死にません。むしろ、屁理屈を言っているのは、貴女の方でしょう? 任せて下さいとは言いましたが、貴方を任せてくださいとは、一言も言ってません。あの場を収拾することです。それから、僕は貴女の力を必要だとも考えていません」
まあ、そうだろうな。俺も史哉も長年の付き合いで、ある程度なら次の行動が読める。
澪は、天性の感覚なのか、瞬時に動きを捕えてくる。本人は、動体視力が良いだけだと言い張ったが、そんなものじゃない。だから、互いに連携を取ることも可能だが……、この女とは、無理だ。身の危険を感じれば、仲間を盾にしてでも、生き延びようとしそうだ。
そうだな……。この分なら、もうひと押しすれば、動くだろう。
「学院から逃げ出す為の鍵が澪だと言ったら、どうする? 俺達は、澪を見つけ次第、無理やりにでも学院を出ると言ったら?」
俺の話した内容に驚いたのか、女が目を見開いている。
「彼奴が、鍵って、どういうことなのよ!」
「……そこまで、教えると思うか?」
「ふざけないで! どうせ出鱈目を言ってるんでしょ? 私は、行かない。貴方たちも行く必要なんてないわ」
出鱈目……ねえ。
本当に苛々させられる。俺は、首に下げている鎖を引っ張り出し、その先に付いている鍵を女に見せた。
「この鍵は、執行部部長に代々伝えられる鍵だ。これと同じ鍵を、澪が持っている。昨日、開けた開かずの扉の鍵だ。その二つの鍵と管理棟にある図面に掛かれた数字を使って開く扉がある。その扉は、崩れていなければ、外に繋がっている」
外に繋がる扉があるのは、図書館。つまり、執行部が管理している地下倉庫にある。湿気で痛んだ棚を修繕しようと、動かした時に見つけた。
ただし、扉には鍵穴が二つと回転する数字の文字盤が付いている。
それとなく、管理棟に勤める古株の警備員に扉のことを尋ねると、下水道へ入る為の扉で地下道の図面は、管理棟で保管してあると教えられた。その図面も手元にある。
女が、余計な事を澪に言わなければ、今頃は学院内から脱出できていたかもしれない。外へ出たなら、どうとでも出来る。助けを呼ぶことも、澪と史哉を連れて逃げることも……。
鍵付きの鎖を胸元に仕舞い込んでいると、女が俺の前を塞ぐように立った。
「あ、あの男は、どうするのよ!」
「あの男って、どの男だ?」
「薗村に決まってるじゃない! あの男の所為で、沢山の命が奪われてるのよ! 貴方たちだって、友達を殺されたんでしょ? あの男が憎くないのっ!」
俺は、女の言葉に、思わず鼻で笑ってしまった。
「薗村には、薗村なりの理由があるんだろ? お前が、澪にしたことと、どう違うってんだ? ついでに教えといてやるが、澪は幼い頃の記憶が無い。両親も死んで居なかった。そんな澪が、薗村と、どう接点があるってんだ? この学院に来て半年も居れば、澪の噂ぐらい聞いてるだろ。澪は、基本的に少数の人間としか話さない。史哉でさえ、真面に話せるようになったのは、高等部へ上がってからだ」
畳み掛けるように口にすると、女が縋る様な目を史哉へ向けたが、史哉の視線は揺るがない。
「僕は、親友を殺されたので、薗村を憎くないとは言えません。両親を殺害された貴女に同情はしますが、薗村を裁くのは、法律であって僕達では有りません。それに、澪の事に関しては、僕も彰と同じ意見です。怯えさせ、更に追い詰める行為は、許される行動じゃありません」
「足手纏いは要らないって言ったじゃない!」
「澪は、足手纏いではありません。確かに体力面では、僕達に劣るでしょうが、頭脳は遥かに優秀です。五年間、首席を守り続けてますからね。それに、剣道は執行部部長と張り合うだけの実力も持っています。勿論、僕と試合をしても見劣りはしない腕前です」
「そんな筈ない! 身体だって弱いし、大体、夢っ……あっ」
……今、何て言った? 夢と言ったのか?
「おい、てめえ。誰から吹き込まれた? 誰から澪の話を聞いたんだ?」
「暴力は、いけ――――」
「史哉は黙ってろっ!」
女の腕を掴み上げると、史哉に止められたが、それを押し退けて捻り上げる。夢のことを知っているのは、俺と澪を捨てた養父母ぐらいのはずだ。それを何故、この女が知っている?
「痛いっ。離してっ、離してよっ!」
「吐け。吐けば、離してやる」
「政府の人っ。名前なんか知るわけないじゃないっ。この学院に薗村 俊夫と甥の谷崎 澪が在籍しているって、教えられたの! 夢の所為で、怖いものが苦手だから、寮から追い出せば、勝手に死ぬって! その為の手筈は整えてやるって……。まさか、こんなことになるなんて、私だって……、私だって、知らされてなかったのよっ!」
女の腕を離してやると、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。史哉は、女の話を聞いて何やら考え込んでいる。そして、あっと言う間に顔が青褪めていった。
「昨日、澪が、薗村の件は兎も角、協力者に何の利益が有るのかと疑問視していたんです。もしかしたら、協力者自体が、この学院内に殺したい程憎い人間が居るのかもしれないと……」
それが、澪かもしれないと、史哉は言いたいのか。確かに、澪を恨んでいる人間は多いかもしれない。特進クラスの連中や教師。ただ、夢の話を持ち出せるのは……。
「協力者は、十中八九、谷崎 信彦。澪を捨てた養父母の息子だ」




