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二十八

拡声器から聞こえていた音が、徐々に収まり、生きた屍たちの呻き声も遠退いていく。きっと、他の獲物を探す為に、その場から離れ始めたんだろう。


 彰は、奴等が音に反応することに気づいていたのから、防犯ベルを大量に持って行こうとしてたのか。役員寮は、三人は、無事なのか。

 疑問は、尽きない。

 目の前にある武器を手に取っては、床へ置く。それを繰り返しながら、これからのことを考えていた。


 生徒会室には、食糧が無い。

 今更、役員寮へ戻るつもりもない。戻ったとしても、鍵が閉まっている。大学部の図面は、見たことがあるけど、うろ覚えだった。そうなると、カフェに向かうしかないが、駐車場に面した道を通る必要がある。拡声器から聞こえた呻き声からして、かなりの数が集まってきていた。まだ、奴らが居るかもしれない。

「……どうするのが、正解なんだろう」

 夜、動くのは問題外として。

「生きてる人、居るのかな……」

 中等部は、元々無人だった。高等部は、俺を含めて四人。管理棟の警備員は、全滅。残っているのは、大学部、研究施設の職員、カフェと購買部の店員。その内の一人は、生きた屍になっている姿を見ている。

 たった数日で、どれだけの人間が犠牲になったんだろう?

「俺の血縁者……か」

 こんな所で知るなんて思いもしなかった。養父母でさえ知らなかった、俺の情報。そんなに、薗村に似てるんだろうか? 彰たちに、共犯者だと思われたりしてないよな? そんなの、やだな。

「一人で居ると、碌なこと考えないな」

 愚痴るように言って、笑おうとしたけど失敗した。

「とにかく、見つからないように動くしかないか」

 何とか気持ちを奮い立たせ、俺は、半乾きの下着類と真新しい制服を着て、静かに動き出した。



 外へ出ると、相変わらず、異臭が立っている。暑さの所為で余計に臭いが増している気もする。

 辺りを警戒しながら、忍び足で運動場へと向かう。

 国旗掲揚台には、先生方や警備員が吊るされているだろうが、通らなければ高等部から出られないのだからと、自分自身を叱咤する。校舎の角から運動場を見る限り、頭の無い遺体が在るだけだった。

 ただ、全てが見渡せるわけじゃなく、国旗掲揚台のある場所まで見えない。気は、抜けなかった。


 そろそろと歩き出して、体育館沿いへ移動を始め、中ほどまで進んで漸く運動場全体が見渡せた。国旗掲揚台に二人、高等部出入り口に一人、遠くに見えるカフェの辺りに人影が見える。ただ、立っているのは、高等部出入り口の一人だけだ。……行けるだろうか? 否、行くしかないんだ。一瞬の戸惑いが、命取りになると何度も学んだじゃないか。

 静かに深呼吸を繰り返し、剣鉈を腰の皮サックから引き抜いた。じわじわと吹き出る汗を片手で拭い、少しずつ近付く。

 大丈夫だ。やるしかない。ひたすら、呪文のように心の中で唱える。後、五メートル足らずの距離まで近づいた、その時だった。

「うがああっ!」

 それまで、此方に背を向け緩慢とした動きで体を揺らしていた生きた屍が、くるりと振り返り、叫び声を上げながら走って来る。

「っ! 嘘だろっ」

 咄嗟に、屈み込んで剣鉈で脛を叩き斬り、生きた屍を転ばせた。そして、その背中を踏付け、首へと剣鉈を振るう。吐き気を催しそうになったが、何とか堪え、慌てて、周りを見回す。

 国旗掲揚台の二人に気付かれた様で、こっちへと這いずり向かってきていた。これ以上、見つかるわけにいかない。向かってくる二人も片付けるしかない。

 剣鉈に付着していた血肉を振り払い、生きた屍に向かって歩き出す。そして、違和感を感じた。さっきの生きた屍に比べ、動きが凄く遅い。幾ら這いずっているといっても、比べ物にならない程、遅い。それに、声も弱々しい。

 一体目と同じように、二人を始末して、思わず見比べてしまった。国旗掲揚台に居た二人は、研究施設の職員らしく、首にIDカードを下げている。出入り口に立っていた一人は、大学部の学生だった。

「……まさか、感染する毎に、ウイルスが変異してる?」

 感染経路が研究施設を起点にしているとするならば、この職員達は初期の感染者。大学部の学生は、腐敗も進んでいない。拡声器で呼ばれて駐車場へ出てきて、感染したのかもしれない。

 秋月が実験体と呼んだ理由は、この事なのか?

 このウイルスが、どこまで進化を遂げるのか、俺達で実験しているのか?

 そんなことをして、どんな意味があるんだろうか?


 すでに、建物を上って来るような奴らが出ている以上、この学院の塀なんて意味がなくなっている。

 否、モルモットである俺達を逃がさないという意味でなら、役に立っているけど、日本中を危険に晒してるようなものなのに……。

「ここで、考えていても埒がないか。取り合えず、進もう」

 出入り口に居た生きた屍が、急に動いた理由も分からない。何かがあって気づかれたのは、確かなんだ。足音は立てなかった。音以外に何か感知できるものがあるのかもしれない。超音波の筈は無いし、後は、何がる? 視覚、聴覚、触覚、嗅覚……人間の臭いか?

 他に、考えが浮かばない。夏場ということもあって、汗の臭いは隠しきれない。そうなると、逃げること自体が不可能に思える。臭いの無い人間なんてい居ないよな。防臭スプレーを使えば、何とかなるかもしれないけど、購買部にあっただろうか? 

 そんなことを考えつつ、カフェに辿り着くと高等部から見えていた人影は、首の無い遺体だった。唖然として見回すと、同じような死体が他にも倒れている。

「……一体、何が――――っ」

 音を立てないように購買部の入口へ回った俺は、いきなり背中に衝撃を受け、そのまま意識を手放した。


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