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二十二 周防 彰

 史哉は、頷き視線を澪へ向けた。エアコンは利いているが、高熱に浮かされる澪の身体は、汗ばんでいる。起こして着替えさせた方が良いかもしれないが、持ってきてるだろうか? 俺は、自分のリュックからタオルを取出し、澪の顔や首を拭いてやる。

「彰。澪は、どこが悪いのですか? 彰が何時も気にかけているのは、何故なんですか?」

 史哉は、澪の健康状態が気にかかるらしい。

 確かに、二年になり頻繁に授業を休むようになった。史哉は、そのことを訊いているんだろう。

「病気ってわけじゃねえよ。ただ、中等部の頃から体が弱かったがな」

 入学式で澪を見つけた時、本当に男なのか疑った。制服を着ていても分かる小さい身体、華奢な腕と脚、透き通るような白い肌。蠱惑的な眼差しと唇。

 澪を虐めていた連中が、少しでも自分を見てもらいたくて、いじめをやっていたなんて気づきもしなかっただろう。

 その頃から、よく休んでいた。精神的に追い詰められると、体が反応するように熱を出す。

 今季の夏休みに入って、食事の量が極端に減ったことも、鍛錬をする為に無理やり食べていたことも気づいていた。

 それもこれも、悪夢が澪の精神を擦切らせている所為だ。この頃では、唯でさえ危うい状態だったのに、薗村の所為で余計に追い込まれた。それが解っているだけに、腹立たしい。

 史哉になら、全てを話していいと思えるが、女も居る。

「疲れたんだろう」

 澪も疲れたと話していたし、そう答えるのが無難だ。

「……そうですね。僕らでさえ疲れたのですから、尚更だったでしょうね」

 視線だけで、理解したのだろう。俺の性格を知り尽くしている相手だからこそ、言える言葉。

 澪が保護すべき仲間であるなら、史哉は俺が共闘できると思えた唯一無二の仲間だ。

「澪は、役員たちを大事にしていたからな」

 斉藤だけは嫌っていたようだが。思い出すと笑えてしまう。

「厳しいと言われていましたが、皆に好かれていましたね。執行部の役員も、密かに澪を好ましく思っていた生徒が多かったですよ」

 お前だって、その一人だろうに……と、心の中で呟く。史哉の澪に対する思いを知っても、あえて放置した。澪が、史哉に心を開かなければ意味がねえ。

「澪の体調が落ち着くまで籠城できると良いのですが……」

 史哉の言う通りだ。この状態で逃げ回るのは、厳しい。

「どちらにせよ、ぎりぎりまで居るべきだ。ここには、逃げ場がねえ」

 管理棟で鍵が手に入っていれば、無傷の生徒を連れて逃げていただろう。史哉にも、管理棟から帰って、直ぐに伝えた。澪が鍵を持っているとは、予想外だった。史哉も同じように鍵を取り出した澪を見て、驚いていたからな。

「……ねえ」

 黙ったまま俺達の会話を聞いていた女が口を開く。その顔は、何とも憂鬱そうだ。

「二人には、谷崎君を切り捨てるって選択肢は無いの? 守ってやらなきゃ生き残れないような人間は、要らないでしょ?」

 切り捨てる? 澪を見捨てると、言いたいのか?

「もう一度同じこと言いやがったら、てめえを殺すぞ」

 女性でなかったら、殴っていた。睨みつけても、平気そうな顔で俺を見据えている。

「あら。私は、本当のことを言っただけよ。普通の状況下でなら、可愛いし手元に置きたくなるようなタイプの子なのかもしれないけど、今は病人抱えて生き残れるような状況じゃないし、谷崎君は足手纏いでしかないわ。要らないじゃない」

「てめえ……」

 これ以上、我慢が出来ねえ。澪を寝かせたソファから立ち上がると――。

「言い過ぎですよ?」

 史哉が俺の前に立ち塞がり、女に言う。邪魔しやがった。

「チッ」

 舌打ちをすれば、俺へと振り向く。

「彰も抑えてください。澪が起きてしまうでしょう? 今は、休養が第一なんですよ?」

「……ああ」

 そういうことか。煩くするなと言いたいらしい。

「谷崎君は、周防君や飯田君に比べて、肉体的にも精神的にも脆すぎるわ。感情を制御できない。それだけで、充分に危険でしょう? そういうのは、切り捨てるのが一番よ」

 だから、なんだ? そんなものが、何だと言いたい? 空気を読めない女だと思いながら、視線だけ向ける。

「俺と史哉でフォローすればいいだけの話だ」

「ほんと、馬鹿ねぇ。それでも、リスクが高過ぎるわ。飯田君だって、そう思うでしょう?」

 名前を呼ばれ、史哉が薄笑いを浮かべた。女には見えていないが、その顔は凶悪だ。綺麗に整ってる分、恐ろしさが増大する。

「確かに、リスクは有りますね。ですが、僕も澪を見捨てるつもりは、更々ありませんよ。見捨てるなら、貴女です。まあ、そんなことをすれば、澪が怒るでしょうから、今のところ予定にはありませんがね」

 上半身を捻り、相変わらず薄笑いを浮かべたまま語る。

「澪は、脆いのではなく、優しすぎるのですよ。一昨日だって、大学部の人間たちを心配していたぐらいです。どうにかして助けられないかと嘆き、そして、そのような話を友人を亡くしたばかりの僕にするのではなかったと謝罪するような人間なんです。澪は、貴女のように自分だけが助かればいいという浅ましい考えの持ち主とは違うのですよ」

 一昨日、屋上で話していた時のことだろう。そうか、そんなことがあったのか。力を抜いて、澪の眠るソファに腰を下ろす。

 史哉が、ここまで怒る姿は、殆ど見ない。まあ、怒れば怒るほど笑みが深くなるのは知ってたが、こんなにも凶悪だとはな。俺でも戦慄(せんりつ)が走るぐらいだから、あの眼差しを向けられた女は、更に恐ろしいだろう。現に、史哉が振り向いた瞬間、後退した。抑えるのは、俺じゃなくて史哉の方だろ。

「もう、止せ。てめえも解っただろ? 俺達は、澪を見捨てるつもりはねえ」

「…………わかったわ」

「午前二時までの見張りは、俺がやる。次は、史哉が朝までしてくれ」

「ええ。構いませんよ」

 正直、こんな話をした後では、余計に信用できねえ。見張りから外した方が良いだろう。史哉も同じ考えなのか、異論を唱えることは無かった。


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