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二十一 周防 彰

 暫く経ち、澪の寝息が聞こえ、安堵する。

 夜中に別れた時も、昼食後も様子がおかしく、夕食の時も泣いたのだと気付いていた。死んでいると理解していても、人を手に掛けたんだ。その罪の意識に苛まれているんだろうことは、想像するに容易い。それが、仲間だった者たちなら、尚更……。


 目元に掛かる前髪を退かしてやれば、腫れた瞼が痛々しい。


「……周防君って、本当に谷崎君には優しい顔をするのね。そんなに、大事?」

 テーブルの先に座る女に言われ、顔を上げる。大事かと問われれば、大事と答える。だが、女に話してやる義理はない。

「……話を進めろ」

「あら、いけずね。そうまあ、いいわ」

 女は、暫く視線を彷徨わせて……そして、話し始めた。


 女の父親が所長を務める研究施設に、薗村が来たのは三年前の夏。

 同じ日本人ということもあり、女の両親と仲良くなるまで大して時間は掛からなかった。ウイルスは極秘扱いだったが、薗村を信用した父親は、研究チームへ薗村を誘い、薗村も了承した。実際、薗村はウイルス学が専攻で扱いにも長けており、未知のウイルスの解明にも貢献してい。


 しかし、その一年後の秋。

 研究の事で仲違いを始めた両親が、食事を共にしようと研究所へ招いた日、それは起きた。

 母親が女を出迎え、時間になるまで待つように言われ、研究所内を見学していた。その研究所は、レベルが高いほど地下にある。見学していたのは、二階。そして、両親が働くレベル4は、地下五階にあった。

 昼前、研究所内に警報が鳴り響き、女は動くことが出来なかった。吹き抜けから、一階の出入口を見れば、研究員たちが避難しようと殺到していた。

 そこに、血に染まった研究員が現れ、駆け寄った研究員を襲い、それを止めに入った研究員を、今度は駆け寄った研究員が襲った。女は実験室へ逃げ込み、父親に出入口で起きていることを伝えた。


 父親は、女が居ることに驚いたが、すぐに研究所の出入口全てを封鎖した。そして、三階にある実験室へ行って、隠れているように言ったのだと話した。



「それから三日間は、地獄だったわ。両親と連絡は取れない。逃げ出すことも出来ない。暗闇の中で聞こえてくるのは、悲鳴や呻き声だけ。気が狂いそうだった。実際、救助された時のことは、殆ど覚えていないのよ」

 俺も史哉も、何も言うことが出来ない。その状況に陥れば、誰もが気が狂いそうになるだろう。

「……薗村が犯人だという理由は?」

「私のパソコンに、母からメールが届いていたの。メールの内容は、ウイルスに関するデータと『犯人は薗村』の文だけ書かれていたわ。きっと、両親も感染していたのよ。それでも、誰が犯人なのか私に教えてくれたの」

「感染していたのか?」

「ええ。遺体も酷い状態だったらしいの。感染する可能性があると、面会も出来なかったわ。写真すら見せてもらえなかった。まあ、誰か判らない遺体や行方不明者も居たみたいだから、見つかっただけマシだったのよ」

 どれだけの人間が、巻き込まれたのか解らない。だが、相当数の犠牲者が出たのは確かだ。

「……悪い」

「別に、謝らなくていいわ。きっと写真を見ていたら、ウイルスを発見した人たちまで恨みそうだし、これで良かったのよ」

「そうか」

「それを言うなら、私より貴方の方が強いわ。私は隠れていただけよ。周防君が一人で狂乱者と生きた屍を始末してるのを管理室から見てたもの。凄かったわ」

 うっとりとした眼差しを向けてくる女に、思わず顔を(しか)める。その眼差しが一瞬、狂気を孕んでいるように見えたからだ。

「…………」

 果たして、俺は強いと言えるのか? 自問してみるが、答えは出ない。まあ、強くありたいと願っているが。史哉も同じようなことを考えているのか、珍しく眉間に皺を寄せている。

「研究所を出でから、どこに居たんですか?」

「合衆国よ。そこでウイルスについて学んだの。そして、母の遺してくれたウイルスや実験体についてのデータについてもね。元々、モルモットや猿を使って実験をしていたらしくて、攻撃本能が特化すること、同種同士でも争うようになることは判明していたようね。そして、薗村が人間にウイルスを感染させたんだわ」

「どうして、そうだと言い切れるんですか?」

「研究所の出入口で、駆け寄った研究員を襲ったのが、薗村の助手だったからよ」

 自分の助手を実験体にしたのか? 確かに、知らない人間よりも接触しやすいだろうが……。

「……狂ってやがる」

 実験を重ねていたのなら、その男が辿る末路が予測できたはずだ。

「そうね。あの男は、狂ってるのよ。そしてバイオハザードが起こって、消えたのよ」

「何が消えたんです?」

「薗村と未知のウイルスが発見された寄生生物。私の母が厳重に保管していたのに、盗まれたの」

 女は、そこまで話すと小さく溜息を吐いた。

「盗み出した犯人は、ジョージ・ウォルソンという男よ。施設内のカメラに映っていたの。お金欲しさの犯行って話だったわ。ただ、そこから警察も、研究所に問い合わせても『部外者には話せません』とだけ答えたわ。私は、薗村がジョージを(そそのか)して盗ませたと思ってるの。そして、寄生生物を奪い、逃げる為にジョージをウイルスに感染させて研究所をパニックに陥らせた。実際、ここの研究所にあるんでしょ?」

 確かに、高額でも欲しいと思うだけの値打ちがあるのかもしれないが、悪用されれば生物兵器もいいところだ。きっと欲しがる相手も目的は、それだ。じゃあ、寄生生物を持っている薗村を匿った、この国もそうなのだろうかと考えて、疑問が浮かぶ。

 この国は、敵対している国が無い。まあ、あまり仲の良くない国は存在するが、殲滅しなければならない国は、存在しない。

「この国は、何故、薗村を匿ったんだ?」

「さあ? そこまで知らないわよ」

 理由もなく国際手配されている人間を匿うとは思えない。世界中に知れ渡れば、非難を浴びるし、信用も失う。

「もしかすると、国ではないのかもしれませんよ」

「どういう意味だ?」

「薗村と取引をした人物は、十中八九、国政に関わる人物でしょう。国の研究機関に薗村が居るのですからね。ですが、政府ではないと言っているんです。そうなると、話は変わってきます。澪じゃありませんが、それこそ、誰が何の為に薗村を匿ったのかが、問題になって来るんですよ」

 史哉の言い分にも一理ある。女も史哉の答えに相槌を打った。

「今回のことも、その相手が絡んでいるかもしれないということかしら?」

「そうですね。目的は不明ですが、絡んでいるでしょうね。彰は、どう思いますか?」

 史哉に問われて、首を捻る。どうしても、薗村の動機に辿り着けない。

 大体、殺人を犯してまで研究するだろうか? 元々がマッド・サイエンティストなら有り得る。しかし、それならば、この国でも警戒される。聞いている話とも、食い違いが有り過ぎる。

 じゃあ、何か目的があって未知のウイルスに手を出したのか? 他に効果があるか探っているのか? 否。それだと現状と辻褄が合わない。薗村と薗村を匿った相手は、誰かを殺したいのか? だが、誰かを殺したいのなら、そいつを殺せば済むことだ。

「…………解らねえな。絡んでるのは確かだろうが、どうして薗村が寄生生物を欲しがったのか動機に辿り着けなければ、意味がねえだろ」

 動機が解らなければ、答えも見つからねえ。それより、これからのことを考える方が大事だろ。

「薗村が俺達に害を与える存在だと確認できれば、それでいい。今は、ここを出で、どこへ逃げるか考えるのが先だ」

「確かに、それも考えなければなりませんね」

 史哉が、真剣な面持ちで頷いた。


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