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EP.41 勲章より気になるもの

お久しぶりです!

第一部の完結から約一ヵ月、ようやく第二部の公開を始められることになりました。

ここからは、第一部で広がった世界や登場人物たちのその後を追いつつ、物語ももう一段大きく動いていきます。

リアムやルナたち〈暁の道標〉が次にどんな場所へ向かい、何に巻き込まれていくのか、楽しんでいただければ嬉しいです。

第一部から続けて読んでくださっている方も、今回から戻ってきてくださった方も、本当にありがとうございます。

それでは、第二部もよろしくお願いします!

第2部 沈みゆく連邦と逆さの天秤



 ガタゴトと車輪が鳴り、荷馬車が揺れるたびに荷台の板が軋んだ。時折、路面の凹凸を拾って荷馬車が大きく跳ね、オズワルドは座り直す。

 魔族の一件から、一ヵ月が過ぎていた。

 布屋根の下は、思いのほか蒸し暑い。襟元を緩めても首筋にはじわりと汗が滲み、荷台を吹き抜ける風もいつしか生ぬるさを帯びている。どうやら、この世界にも夏が近づいているらしい。


「ぷはぁー! やっぱこれだねぇ〜」


 御者台に陣取っていた〈暁の道標〉のリーダー、ゼッド・バーンハードが上機嫌に声を上げた。

 真紅に逆立った髪に、琥珀色の瞳。酒気ですっかり紅潮した頬。片手には巻き葉を挟み、もう一方の手に提げた皮袋から冬殻酒(リュグネ)を呷っている。紫煙(しえん)を吐き出したかと思えば、間を置かずまた酒を口へ運ぶ。どう見ても酔っ払いだった。


「ゼッドさん飲み過ぎです。いい加減少しは手綱を持ってくださいよ!」


 その隣で手綱を握っているのが、ルナ・アルストロメリアだ。

 顎先で切り揃えた銀髪に、瓶底を思わせる分厚い眼鏡。その奥には紫色の瞳が覗いている。小柄な身体をローブに包んだ、真面目を絵に描いたような魔導士だ。もっとも、隣の男へ説教を浴びせている最中も、手綱を握る両手は少しも緩めない。


「ゼッドは本当に冒険者の鑑(かがみ)ですね」


 オズワルドの向かいに座るエルウィン・シルヴァが、青い瞳をゼッドへ向けた。

 腰まで届く金髪を束ね、長く尖った耳を持つエルフだ。常なら柔和(にゅうわ)な笑みを絶やさない男だが、ゼッドへ投げる皮肉に限っては容赦がない。もっとも、ゼッドへの当たりが厳しいのはエルウィンだけではないが。


「くそ男ね。銅一枚の価値もない、ばか男だわ」


 キリカ・ヴェインが矢羽を指先で弄びながら、猫を思わせる緑の瞳でゼッドを一瞥した。

 茶色の髪を後ろで無造作に束ねた短弓使い。千里眼の守銭奴(ホークアイ・マイザー)などという物騒な通り名を持つ、一筋縄ではいかない曲者だ。


 後方へ目をやれば、身長三メートル弱のガドルが、自らの体躯に合わせて特注した荷馬車の手綱を握り、悠然(ゆうぜん)と追随(ついずい)していた。その大きな肩には、小鳥が一羽とまっている。

 先頭には酔っ払い。最後尾には巨人。

 相変わらずの一行だ。


 〈暁の道標〉が向かっているのは、王都ラクナウ。先の魔族討伐に関する論功行賞(ろんこうこうしょう)に出席するためだった。

 あの一件を経て、オズワルドとルナは揃ってB級冒険者へ昇格していた。冒険者としては慶賀(けいが)すべきことなのだろうが、今のところオズワルドには、昇格によって何かが変わったという実感はない。

 ラクナウへ向かう途上、ゴンダという街を抜け、大河を渡った。エルウィンによれば、その川はガラガラ川という。ATHENAも『地球のガガラ川とみられます』と解説した。

 また一つ、地球と重なるものが増えた。帰還につながる手掛かりになればいいが、この世界が何なのかは、むしろ分からなくなっていく。


 ブトワルを発って四日ほど経つと、見覚えのある巨大な外壁と門が視界に入った。数百人からなる列に並び、検問所で身分札(ギルドカード)を提示する。兵士たちは「〈暁の道標〉の方々とお会いできて光栄です」と口にすると、たちまち姿勢を正した。


 検問を終えると、オズワルドは荷馬車を降り、トンネルめいた門の内部へ足を踏み入れた。奥へ進むにつれ、門の彼方に、幾重(いくえ)にも連なる屋根の海が開けていく。

 色とりどりの屋根瓦、煙突から上る煙。その狭間に屹立(きつりつ)する石造りの高塔。

 しかし、門を抜けきった瞬間、オズワルドは思わず顔をしかめた。馬小屋の臭気に汗の染み込んだ革の匂い。そこへ百万人分の排泄物の臭いと、街の随所(ずいしょ)に淀む腐敗臭までが渾然(こんぜん)と混じり合っている。


『環境スキャン。大気中アンモニア濃度上昇。衛生状態に懸念があります』

「相変わらずだな」


 魔族とのごたごたのときはさほど気にならなかったが……。


『確認。次の非効率な案件として登録しますか?』

「今日は褒賞を受け取りに来ただけだ」



     ◇     ◇     ◇



 ルナは高い天井から吊るされた豪奢なシャンデリアを見上げていた。

 何あれ、綺麗。

 周りを見渡すと、磨き上げられた石の床に、赤い絨毯が玉座まで一直線に伸びている。以前来たときは、ほとんど治療室と中庭、それに来賓用の客室を行き来するばかりだった。

 表彰式は王城の大広間で行われた。

 鎧と布のこすれる音、楽団が奏でる音楽。〈暁の道標〉は、他の隊や冒険者たちとともに、定められた位置に整列していた。


「なんか……すごいとこに来ちゃいましたね」


 ルナが小声で呟くと、セオドアが口を開く。


「まぁ、〈暁の道標〉の皆さんは間違いなく英雄扱いですからね」


 セオドアは、いつものくたびれた鎧とは違い、今日は立派な礼装に身を包んでいる。見た目だけなら威厳たっぷりだけど、胃が痛そうな笑みは相変わらずだった。

 ルナは少し離れたところにレオンハルトの姿を見つけた。金髪をきれいに後ろへ流し、銀縁の片眼鏡(モノクル)をかけている。やっぱりというか、この人は異常に礼服が似合う。


 式は滞りなく進み、やがて論功行賞に移った。功績を認められた者たちが次々と名前を呼ばれ、王から勲章や証書を受け取っていく。

 〈暁の道標〉の番になったとき、会場のざわめきが少しだけ大きくなった気がした。


「A級冒険者パーティ、〈暁の道標〉。厄災級討伐の戦功、ならびに王国防衛への貢献、多大なるものと認む」


 王の声が大広間に響く。

 王様を見るのは城門楼(じょうもんろう)のとき以来。明るいところで見る王様は、立派な白髭を蓄えていた。けれど、目の下の隈は濃く、頬も少しこけた気がする。あの一件以来、王都では混乱が続いているらしい。魔族に成り代わられた人たちは、今も見つからず、王は人手が足りないなかで、何とか国政を取り仕切っているという。

 そんなことを考えながら、ルナたち〈暁の道標〉は決められた言葉で感謝を述べ、礼をした。


 頭を上げながら、ルナは自分が王様から表彰されたことを、まだ信じられずにいた。

 学院を辞めたときは、まさか自分がこんな場所に立つなんて考えもしなかった。あの頃は、これからどうしようって、そればかりだったのに。

 ……お母さんが見たら、なんて言うかな。きっと、びっくりするだろうな。帰って話しても信じてもらえるだろうか。なんだか胸がいっぱいになった。ルナは眼鏡を押し上げ、もう一度だけ玉座を振り返った。


 元の位置に戻る途中、ルナはふと、参列している令嬢たちの視線が気になった。何人もの令嬢が隣同士で囁き合い、ちらちらとリアムの方を見ている。

 まあ、当然かもしれない。リアムは王都を救った英雄だし、背も高いし、顔だって……。いや、何を考えているんだろう。ルナは眼鏡を押し上げ、前を向いた。けれど、彼女たちの視線が気になって仕方ない。


「ルナ、どうした?」

「へっ?」


 顔を上げると、すぐ隣にリアムがいた。……あれ?

 いつの間にか、リアムのすぐ隣まで寄っていた。慌てて半歩離れようとしたところで、また令嬢たちの視線がこちらに向いた。ルナの足が止まる。


「な、なんでもありません……」


 その後も表彰は続き、セオドアの名前が呼ばれた。今回の功績が認められ、正式に王国軍帥(キングス・マーシャル)――軍の最高位に任じられた。壇上のセオドアは人目も憚(はばか)らず涙を浮かべ、肩を震わせていた。立派な礼装を着ていても、こういうところは相変わらずだ。ルナは少しほっとした。


「やったな! 不死身のセオドア!」


 参列者のどこからか軽口が飛んだ。けれど、誰も咎めることはなく、あちこちから笑い声が上がった。本当にみんなから慕われているんだな。


 報奨の細かいことについては、あとで文書を渡されるらしい。

 式が終わると、〈暁の道標〉と数名の功労者に、王様から食事への招待があった。


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