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EP.40 どこに立つか

 ルナは膝の上で研究帳を開き、二本の線で消した「迷子防止魔法」を指でなぞった。すぐ下には「遠距離報告魔法陣・魔報」とある。頁をめくるたび、リアムと試した合図や、組み直した中継の術式が書かれている。

 この魔法が届けた知らせで、薬を積んだ荷馬車が走り、負傷者を助けることができた。魔力が足りずに学院を去った自分にも、人を助ける魔法が作れたのだ。

「〈魔報〉か。なかなかいい魔法じゃないか」


 振り返ると、レオンハルトが立っていた。銀縁の片眼鏡(モノクル)が焚き火の光を返す。


「……レオンハルト様」

「今さら様はやめてもらおう」


 ルナは気まずくなって目を逸らした。レオンハルトは何も言わず、その隣に腰を下ろす。


「す、すいません……」

「私は、おまえが嫌いだ」

「……」


 何と言えばいいのか分からなかった。やっぱり、そうだったんだ。大陸連合自然理学院《コンチネンタル・アカデミア》にいた頃のことが蘇る。


 ――「なぜ、おまえのような劣等な者に……私が」


「凡夫をあざ笑うくせに、自分の才能を過小評価し、自然理魔導士ではなく魔導士に甘んじた」

「そんなこと!」

「おまえがそう思っていなくても、周りから見ればそうだ」


 言い返そうとして、言葉が止まった。

 そんなつもりはなかった。けれど、先生や周りの生徒、それにレオンハルトが構築する魔術に、何度も横から口を挟んだことを思い出す。自分では当たり前のことを言っているつもりだった。でも、他の人の気持ちを考えていなかった。

 レオンハルトは続ける。


「凡夫を踏み台にすること、それはいい。それが才ある者の宿命だ。だからこそ、努力や研鑽を怠ってはならないだろう? なのに、それを自分からやめた。あのとき、私はそれが許せなかった」


 レオンハルトは立ち上がり、


「また魔導の道を歩み始めたことには安堵している。言いたかったことはそれだけだ」


 そのまま歩いていってしまった。ルナは遠ざかる背中を見送った。

 自分にはそんなつもりがなくても、誰かを傷つけたりすることがあるんだ。少なくとも、レオンハルトにはそう見えていた。これからは逃げないでちゃんと向き合いたい。

 魔法にも、自分にも。

 ルナは両手で頬をぴしゃりと叩いた。

 

 焚き火の向こうからまた「勇者様」と声が飛んだ。リアムが笑いながら杯を押し返している。ルナもつられて頬を緩めたが、彼の指先の震えに気づき、立ち上がった。

 何でもできる人だと思っていたけれど、答えが見つからず声を荒らげた日もあった。あの人だって疲れるし、困る。今夜くらい、誰かを助けるために立ち上がらずに済んでほしい。ルナはリアムに歩み寄る。


「リアム様、お城へ戻りませんか?」


 人垣の外から呼ぶと、リアムは片手を上げ、兵たちの間を抜けてきた。


「た、助かった。これ以上飲んだら、明日は二日酔いだ」


 しかめ面で零す彼に笑いながら、ルナは研究帳を鞄へしまった。

 また一緒に魔法を作って、分からないことに頭を悩ませて、できたら二人で喜びたい。けれど、話す用事がなくても隣にいたいと思う気持ちは、もう感謝だけではなかった。


「お腹も、空いていませんか?」

「ああ、何か食いたいな」


 並んで歩き始めてから、ルナは彼の袖の端へ指を伸ばした。軽くつまむと、リアムの歩みが緩やかになる。あと少し近づいてもいい気がして、ルナは笑みを隠しきれないまま、半歩ぶん距離を詰めた。



     ◇     ◇     ◇



 オズワルドがルナと城郭の中庭に戻ると、将校たちや官吏(かんり)、魔報手たちが外壁の兵士たちと同様、木杯を片手に焚き火を囲んでいた。


「リアム様、はい、ごはんです」


 ルナは満足そうに椀を差し出す。

 その様子を見ていたキリカが悪戯っぽく口元を歪めた。


「あっれー? ちょっとルナ、なんでリアムだけに優しいのー?」

「リアム様がいなかったら、どうなっていたか分かりませんでしたし……」


 ルナがはにかむ。


「それにしても、こちとら矢代に治療費に危険手当で、ギルドにちゃんと請求しないと赤字なんだけど!」

「そんなことより、酒だ! さけぇ!」

『ゼッド氏は、すでに処理落ち状態と推定します』


 オズワルドはしばらく雑談を交わしたあと、ちょっと様子を見てくる、とだけ告げて喧噪から抜け出した。

 広場を離れ、救護所として使われている礼拝堂へ向かった。

 中には、簡易寝台が並んでいる。薬草と酒精、それに血の匂い。ATHENAの告げた損耗率を思い出す。数人の治癒士や薬剤師たちの中にエルウィンの姿があった。オズワルドは声をかける。


「ゼッドたちと酒でも飲んできたらどうだ」

「……いえ、魔力もまだ残っているので、もう少しだけここで」

「そうか……」

「あなたと二人だけという話なら、行きますが」

「……ああ、気が向いたらな」


 軽口をひとつ交わし、礼拝堂の奥にある一室へと向かう。

 奥には、寝台に収まりきらないのか、床に敷いた藁の上へ毛布を重ね、そこに寝かされているガドルがいた。


「生きてるな」

「うむ」


 ガドルがめずらしく喉の奥で笑う。笑うたび、身体が痛むのか顔がわずかに歪んだ。その横で、鎧を脱いだセオドアが椅子に腰掛けていた。


「将軍……元帥か、ここに居ていいのか?」

「役職は一時的なものですから気にしないでください」


 セオドアは唐突に、床に額がつきそうなほど頭を下げ、


「……ポカラでも、今回も、本当は怖くてたまらなかった。でも、部下を失いたくなかった。あなた方が前に立ってくれなければ、私は……」


 あまりに突然のことに、オズワルドとガドルは顔を見合わせた。


「顔を上げてくれ」


 オズワルドはセオドアの肩に手を置き、


「崖のときも、今回も震えてたのは全員が見てたよ。でも、逃げずに前に立ってたのも見てた。そんなことできる奴は、そう多くない」


 ガドルもセオドアの頭を軽く叩く。


「将軍、膝をつくには、まだ背が足りない」


 その一言に、セオドアは顔を上げる。目の下の隈は濃いが口元は緩んでいた。


「巨人にも、山にも、なれないと思っていた」


 ガドルは言葉を探すように続ける。


「倒れたら終わり、思っていた。ただの盾で終わりたくない、今回みたいに立てるなら、それでいい」

「……ああ、俺たちは生まれや立場は選べない。だが、この世界のどこに立つかは自分で決められる。あんたは今回、壁として立ち続けた。セオドアは足がすくんでも前で指揮を執り続けた。そして、王都は守られた」


 ガドルはしばらく何も言わず、視線を天井に向ける。


「暁の道標の一員として、立つ自分を、誇る」

「……ああ。ただ、給金はちゃんと二人分もらっとけ。壁と山の兼任なんだから」

「ギルド長に言う」


 三人の間に笑いが起こる。


「そういえば、セオドア。アンタに頼みがある」

「ええ、どうしました?」

「魔導鎧のことなんだがな……」


 オズワルドは、Exion(エクシオン)について可能な限り口外しないよう頼んだ。すでに兵士たちの間では噂になっている。完全に隠すことはできないだろう。とはいえ、国の軍事戦力として組み込まれることは避けたい。


 礼拝堂を出ると、夜はさっきよりわずかに深くなっていた。広場にはまだ焚き火が燃え、笑い声や歌声が途切れず響いている。

 多くが死に、多くが傷ついた。

 それでも、生き残った者たちの「今」は、夜空の下でぎこちなく続いていた。



     ◇     ◇     ◇



「ATHENA、あの腕の解析は?」

『暫定解析を報告します。内部構造、人工筋肉の配置、関節駆動系の三項目で、E.U.U製対Vireth(ヴィレス)戦闘型アンドロイド、V-Frameとの高い類似を確認しました』

「やっぱりか……」

『また、戦闘時にExion(エクシオン)の対人安全制御が介入しなかった事実とも整合します』

「〈勇者〉はアンドロイドなのか?」

『評価保留。回収した左腕のみでは、個体全体が人工構造体であるとは断定できません』

「じゃあ、世界については?」


 ROD(視覚インターフェース)に回答が並ぶ。


>> 仮説評価更新

>> 文明崩壊後の未来地球仮説:上昇

>> 並行宇宙・異世界転移仮説:維持

>> シミュレーション仮説:変動なし


『ただし、地球由来技術のみが別世界へ移送された可能性も排除できません』

「結局、また分からないことが増えたな」

『はい。ですが、調査可能な対象も増えました』


 オズワルドが逡巡していると、切り上げるようにATHENAが続けた。


『Exion(エクシオン)は自動操縦(オートパイロット)で帰投させます』

「ああ。たのむ」

『Mr.オズワルド、忠告ですが、今後も帰還を前提に行動するのであれば、必要以上の対人関係の構築は非効率です』


 彼女の言葉を思い出す。


「これまで人間と歩んできたお前なら分かるだろ? 人間は最適化するものじゃない」

『……そうですね』


 王都の門では〈暁の道標〉がそれぞれの荷物をまとめて待っていた。


「おそーい」


 キリカが頬を膨らませる。


「将軍とお別れしてたんだよ。泣くなって言ってやった」

「泣いてたんですか?」


 ルナが紫色の瞳を丸くして、下からオズワルドの顔を覗き込んだ。

 ゼッドが肩をすくめ、キリカがふふんと笑う。


「じゃ、あたしたちはまたブトワルで次の依頼ね。S級認定もあるし、今回の活躍はかなり有利なんじゃない?」

「S級認定?」

「ええ、帰りの馬車でお話しします」


 エルウィンが嬉しそうに答える。


『確認。非効率な案件を優先的に探索しますか?』


 オズワルドは自分の視界に入るように中指を立てた。


『敵対的ハンドサインを確認。Exion(エクシオン)にて迎撃を推奨』


 慌てて中指を引っ込める。

 ゼッドが巻き葉をふかしながら、突然口を開いた。


「それにしても、あの鎧。どんな魔法がかけられてるんだぁ? とんでもない魔法だよな」

「あれか、あれはな……」


 オズワルドは思いついた言葉に気恥ずかしくなり、笑みを漏らした。そして、親指を上げる。


「ここに居ていいって魔法だ」


 王都を背に〈暁の道標〉を乗せた馬車は走り始めた。次の非効率な依頼を探しに行くかのように。



第一部「剣と魔法の世界に堕ちた兵士」了



────────────────────

あとがき


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

本作は現在コンテストに応募中のため、結果発表後に更新を再開します。

結果発表は10月末頃を予定しているため、第二部は11月頃から連載を開始する予定です。

引き続き、オズワルドやルナをはじめとした彼らの活躍を応援していただけると嬉しいです。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


『読了を確認。第二部までの待機を推奨します』


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