EP.38 白き亡霊
〈勇者〉の拳が叩き込まれるたび、岩を砕く音に、湿り気を帯びたような音が混じった。厄災級も太い前肢を振り回し、頭部にしがみつく黒衣を何度も振り落とそうとするけど、〈勇者〉は外殻の継ぎ目を掴んで放そうとしない。
そのとき厄災級が地面に転がった。〈勇者〉は一度頭から離れ、地面に足を着いたかと思うと、跳躍してまた飛びつく。
あまりに速く、ルナの目では動きを追いきれない。その後も、誰かの持つ松明の明かりを黒い外套が横切ったと思った次には、拳が厄災級の脇腹へめり込み、白い破片が飛び散る。
似たような動きをリアムもしていた。彼もすごかったけど、比べものにならない。薙ぎ払われて地面を転がっても、〈勇者〉はほとんど間を置かず立ち上がり、また跳び上がった。
「……すごい」
思わず漏れた声とは裏腹に、周囲の兵士や冒険者から歓声は上がらない。槍も杖も構えたまま、ただ立ち尽くしている。
「狂戦士だ……」
誰かの声が聞こえた。隣ではエルウィンも杖を構えたまま、二体の動きを青い瞳で見据えている。
「いつあの魔力を吐くか分かりません。気を抜かないでください」
ルナは小さく頷いた。厄災級が身を捻るたびに地面が揺れ、砕けた外殻が石礫のように飛び散る。〈勇者〉の拳を受けて巨体がよろめけば、土を踏み直しながら少しずつ王都の外壁へ近づいていった。
「まずいですね」
セオドアが零すと、隣のゼッドが構えていた大剣を下げる。
「どうしようもねぇだろ。今のうちに立て直そうぜ」
「巨人族の皆さんは門を背に横陣を敷いてください! 手の空いてる者は負傷者を門の中に! 周囲の魔獣にも注意を払ってください!」
ルナは壁の向こうにある街を思い浮かべた。周りにはまだ無数の魔獣がいるのだから、厄災級を倒すだけでは終わらない。魔獣を王都へ入れず、〈勇者〉と厄災級の戦いも外壁の外に留めたまま、決着をつけなくちゃいけない。けれど、どうしたらいいか分からない。
「……リアム様」
そのとき、厄災級が吠え、頭部へ飛び込んできた〈勇者〉を迎え撃つように大きく顎を開いた。身を捻ってかわそうとした〈勇者〉の片腕に噛みつき、そのまま獲物を振り回すように首を激しく振る。
黒衣の身体が宙を舞い、地面へ叩きつけられた。噛みつかれた片腕は肩口から引き千切られ、厄災級の牙の間に残っている。厄災級はそれを地面へ吐き捨てた。それでも〈勇者〉は、何事もなかったかのように立ち上がる。
「ああ! 〈勇者〉様!」
「おい、まさか〈勇者〉でも勝てねぇのか……」
さっきまで厄災級を一方的に殴りつけていた〈勇者〉の惨状に、周囲の兵士から悲鳴のようなざわめきが上がる。
そのとき、どこか聞き覚えのある音が戦場に響いた。
◇ ◇ ◇
『スマートリンク確認――パイロット認証完了。おかえりなさい、Mr.オズワルド』
機体がオズワルドのLifeChipに反応し、胸部装甲が重厚な駆動音とともに重々しくスライドする。オズワルドは上着を脱ぎ、その下に着込んでいたパイロットスーツを露出させると、そのままコクピットへ身体を滑り込ませた。
頭部装甲が閉じると、視界が一瞬完全な闇に落ちる。
だが、瞬きをひとつ挟むより早く、知覚は生身の感覚器から機体の知覚系へ切り替わった。
外部カメラが捉える、篝火に照らされた胸壁。
装甲表面へ降り注ぐ月光。
続いて風速、外気温、気圧までもが即座に数値化され、知覚情報の一部として寸毫の遅滞もなく脳髄へ流入してくる。
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>>UNIT : XN-04 [Code: REVENANT]
>>ELOA CORE OUTPUT : 60.5% (LIMIT)
>>EXTERNAL ARMAMENT : UNLOCK
>>MOBILITY / AUTOPILOT : ONLINE (RESTRICTED)
>>WEAPON SYSTEMS : DETECTED......
>>[1] VX-KR "Aegis Carbine"
>>[2] VX-EM Railgun "Lancea Fulguris"
>>[3] VX-Phase Edge Mk.II
>>[4] VX-Phase Lance "Hasta Caelestis"
>>[5] Halo-Shell System Mk.III
>>STATUS : [4] VX-Phase Lance
>>UNLOCK
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《警告。AUREX・Mを非検知。安全規定により、マニュアル操作をロックします》
感情を寸分も介在させない、冷徹な機械音声が告げた。
遠く、戦場の轟音が届く。
《警告。非注入状態での急加速・戦闘機動は、パイロットの致傷確率が許容値を超える可能性あり。現行規定では認可できません》
「ATHENA、自動操縦で何とかしてくれ」
『音声署名が必要です。味方の生存のための防衛行動を最優先とし、規定範囲で自身の身体的リスクを許容する――で、よろしいですか』
「ああ、認める。リアム・オズワルド」
『音声署名を確認。加速度上限を三Gに設定、ExionREVENANT型。ATHENADirectDriveへ移行します』
◇ ◇ ◇
月光を受け、白い装甲の輪郭が夜闇の中に鮮明に浮かび上がった。
――ヴォォォォォ……ンンンッ……
周囲の風景とは明らかに異質な駆動音が、夜気を低く震わせる。
『目標個体の後頸部を、VX-PhaseLance六〇パーセント出力で横断。パイロット負荷軽減のため、通過後一〇〇メートルを滑走しながら減速します』
「了解」
『目標個体を確認。友軍との離隔……攻撃行動に支障なし』
オズワルドは光学映像を拡大した。厄災級の至近にひとつの人影が映り込んでいる。
「……なんだ、あいつは」
『既知情報と照合。〈勇者〉と推定します。攻撃経路は維持します』
「待て。あの距離でか?」
〈勇者〉は、厄災級から離脱する素振りすら見せない。あの位置関係で、巻き込まずに通過できるとは到底思えなかった。
『安全制御による経路変更は不要です』
オズワルドは眉根を寄せた。ATHENAが位置関係を見落としているとは考えにくい。だが、考えている暇はない。戦火が壁の向こうまで広がったら終わりだ。
「予定通り行く」
『攻撃ベクトル確定。戦術プロファイル・ガーディアンΔ適用。戦術加速起動。出力六〇パーセント固定。現在のPCL――パイロット認知負荷は安全域。以後の上昇に注意してください』
――ズダァァンッ
推力機構が咆哮し、両脚の駆動装置が重低音を刻む。骨格を軋ませるような加速度が全身へかかり、三トンの機体が一気に速度を引き上げた。
胃腑が浮き上がるような感覚。視野の周縁が一瞬だけ暗転する。
だが、意識を失うほどではない。
視界の隅に浮かぶ速度計が、目まぐるしく数値を更新していく。
36km/h。
87km/h。
113km/h。
厄災級のシルエットが猛烈な勢いで視野を占有していく。足元の地表は細部を失い、黒い帯となって後方へ流れた。Exionを介して得られる知覚が、そのままオズワルドの神経へ流れ込んでくる。視覚、姿勢、速度、機体と肉体へ加わる慣性さえ、オズワルドには神経を研ぎ澄ます快楽として知覚された。
ヒュオォォォォォ――……
「き、来やがった……全員死にたくなかったら、急いで下がれ! 早く!」
Exionに気づいたゼッドが叫んだ。




