EP.34 四方に響く警鐘
王城の屋根が朝日を受け始めた頃、遠くで警鐘が鳴り響いた。ひとつ、またひとつと別の鐘が応じ、響きは連鎖するように王都全域へ波及していく。同時に、オズワルドの前で〈魔報〉の鈴音が鋭く鳴った。
「西門から魔獣の群れ! 数はおよそ三千、すでに交戦中です!」
指揮所で魔報手の一人が声を張り上げる。鈴音が途切れる間もなく、今度は別の門から報告が飛び込んだ。将校たちは次々と地図の四方へ駒を置いていく。セオドアは、疲労の滲んだ顔に浮いた汗を拭った。
「まるで示し合わせたかのようですね」
「ああ、ついに来やがった」
ゼッドが拳を掌へ打ちつける。
四方同時か。まさか魔族が先導しているのか?
「エルウィン、なぜやつらは一斉に来たんだ? 魔族が関係してると思うか?」
「分かりません。ただ、今朝王都を包む魔力が一段強まった感覚がありました。魔獣は何かをきっかけにして群れを成すことがよくあります。示し合わせて襲ってきたというより、今朝の魔力の変化に、近くにいた群れが一斉に反応したのかもしれません」
「……なるほど」
オズワルドが地図上の兵数を追っている間にも、報告は絶え間なく積み重なっていった。魔報手が数字を書き留め、将校が駒を移す。そのたび、地図の上では戦線が四方へ拡大していく。しばらく経ち、ルナが書きかけの紙から顔を上げた。
「北門が被害甚大です!」
セオドアはすぐに机を回り、〈暁の道標〉へ向き直った。
「申し訳ありませんが、戦線へ出ていただけますか」
「ああ、もちろんだ」
ゼッドが大剣を肩へ担ぎ上げると、受音筒を耳に当てたまま、ルナが振り返った。
「みなさん、無事に帰ってきてくださいね」
「まかせなさい!」
キリカが短弓を肩に掛けた。次の報告が飛び交う指揮所を背に、一行は二台の馬車へ分かれて乗り込み、そのまま北門へ急いだ。
◇ ◇ ◇
門へ近づくにつれて、石畳を激しく叩く車輪の音に獣の咆哮が混じり始めた。武器や物資を抱えて走る冒険者たちの姿も増えていく。
やがて門前へ到着すると、外壁の上には黒い翼が群がっていた。
丸みを帯びた胴体に、広げれば兵士の背丈を優に超える巨大な翼。一羽が兵士の顔めがけて急降下し、身を伏せた兵士の頭上を掠めていく。羽毛の下から伸びる、異様に細長い脚。その先には、体躯には不釣り合いなほど巨大な三本の鉤爪が生えていた。
それが再び羽ばたいて上空へ逃れる間にも、数羽が獲物を窺う禿鷹のように旋回を続けている。
外壁下から兵士たちが矢を放つものの、その大半は標的から外れ、壁の向こうへ消えていく。壁の上の兵士たちは弓を引くことすらできずにいた。
「なんだありゃ」
「ガルザクよ!」
キリカは馬車から降りるなり弦を引き絞った。すかさずエルウィンが杖を突き出し、詠唱する。
「エジュ・アズェン・ヴェイラ――サジル・フルエ、シェヴェ・ペルデ――ヴェイザル!」
兵を襲い損ね、外壁の内側へ低く旋回した一羽の脇腹に矢が深々と突き立つ。黒い羽を散らして墜落する魔獣には目もくれず、キリカは次の矢をつがえ、後続を射抜いた。落ちた魔獣へ兵士たちが次々と槍を突き立てる。最後の一羽が地面に叩きつけられると、壁上の弓兵たちが立ち上がった。
「た、助かった! これで地上の魔獣を狙える!」
一人の将校がオズワルドたちに駆け寄ると、ゼッドが間髪を容れずに訊ねた。
「状況は?」
「壁は今のところ問題ないが、さっきの魔獣のせいで弓兵に多くの被害が出てる」
〈暁の道標〉と将校は石段を駆け上がった。胸壁から壁の外を覗けば、無数の矢が土と魔獣の死骸へ突き立っている。そのさらに向こうには、地表を埋め尽くさんばかりの魔獣の群れが蠢いていた。しかし、群れは一定の距離を保ったままそれ以上は進んでこない。
何かを待っている。
やがて、その理由が姿を現した。群れの後方から、幾体かの巨獣が悠然と前へ出てくる。
「A級相当が二匹、B級が三匹……あれ、倒さなきゃ、まずいんじゃねえか?」
ゼッドに問われ、将校が息を吞んだ。
「あ、あれはまずい……投石機、用意!」
「来た」
ガドルが指す。群れのさらに向こう、左手の丘陵に巨大な影がいくつも見えた。遠目にもガドルと同じ巨人族だと分かる。来てくれたのか。
◇ ◇ ◇
可能な限り、Exionは使いたくない。マニュアル操作には、残り三本しかないAUREXの投与が不可欠となる。未投与のまま搭乗した場合、安全制御が介入し、急加速や戦闘機動には大幅な制限が課される。
自動操縦による無人運用も可能ではあるが、実行可能な行動には制約が多い。加えて周囲に人間が存在すれば、接触事故を回避するため出力が大幅に抑制されて状況によっては自律的に退避行動へ移行してしまう。
「……おいリアム。何かいい手は?」
横に立ったゼッドが訊いてくる。
「問題はでかぶつだな。あれをどうにかできたら、門は持つのか?」
オズワルドが訊ねると、北門を預かる将校はしばし思案してから首肯した。
「A級魔獣さえどうにかできれば、門自体は問題ないだろう。ただ、このままではいずれ矢が尽きてしまう」
「矢の問題は後だ。まずは門を突破されないことが重要だ」
オズワルドは壁の外へ目を向けた。何匹かの巨獣が、魔獣の群れを押し分けるようにして、まさにこちらへ前進している。
『鷹の目で確認。巨人族たちは左方の丘を迂回しながら王都へ接近中』
「ほかの魔獣の注意を引いて、A級だけを相手にできればいいんだがな……。魔力に引きつけられる習性を使えないか?」
「それなら、考えがあります」
エルウィンが顔を上げた。
「儀式魔法で大量の魔力を放出できます。それを囮にすれば、群れを引きつけられます」
「ATHENA、戦術プランをくれ」
『目標をA級魔獣二体の撃破に設定。エルウィン氏を含む陽動隊は巨人族と合流し、儀式魔法によって魔獣群を誘引します。その間に攻撃部隊を城外へ展開し、A級魔獣二体へ戦力を集中。撃破後、全部隊を市内へ撤収し、北門を閉鎖します。戦列の維持が困難となった場合、Exionの投入を推奨します』
「A級まで陽動に引っかかったら?」
『むしろ好都合です。壁から引き離した状態で背後を取れます』
◇ ◇ ◇
「エルウィン、頼むぞ」
ゼッドが声をかけると、エルウィンは短く頷いた。
エルウィンを含む五人の魔導士がそれぞれ馬へ跨る。その向こうでは、兵たちが槍や盾を手に、次々と門前へ集結していく。オズワルドは将校へ向かって声を張った。
「俺たちはこのまま出る。順次、準備のできた者から門の外に出して、俺たちがA級魔獣と戦っている間に、壁へ近づく魔獣の注意を引いてくれ!」
「ああ、ご武運を」
将校は頷くと、すぐさま部下へ開門を命じた。
鎖の軋む音が重く響くと門がゆっくりと開き、その隙間から獣の咆哮と土煙が流れ込んできた。すでに数匹の巨獣が、五十メートルほど先まで迫っている。
エルウィンたちは一斉に馬腹を蹴り、開いた門を駆け抜けると、そのまま外壁沿いを疾駆していった。残された兵たちも、号令に従って次々と隊列を整えていく。
「まずは左側のA級魔獣をやる! 前衛は俺とこの巨人族だ。ほかの奴らは無理せず、魔導士たちの攻撃を邪魔するな!」
ゼッドが大剣を高く掲げた。兵たちの視線が一斉にその切っ先へ集まり、それぞれの得物を構える。直後、隊列が地を擦るような足音とともに、ざっと前へ詰めた。




