EP.33 王都に集う人と物と魔獣
東門の伝令天幕を出たルナが門の方を見ると、荷馬車が続々とくぐってくる。御者が兵士に身分札を掲げた。
「冒険者ギルド、ファイザーバード支部だ。後ろの三台も一緒だ。どこに運べばいい?」
「助かる! 一旦そっちの荷下ろし場に下ろしてくれ」
冒険者たちが手早く荷を下ろすと、兵士が荷札を確かめて行き先ごとの荷馬車へ積み替えていく。小麦の袋は兵糧庫へ、矢束は武器庫へ。荷札には品目を示す印と数量、それに届け先が記されていた。
ギルド輸送網の仕組みを、そのまま王都での仕分けにも使っている。それは、リアムがブトワルの倉庫で考えた仕組みだった。荷札を読んで受け取り、次の人へ渡す。遠く離れた場所で誰かが始めた仕事を、顔も知らない誰かが引き継いでいく。それが、今はこうして王都でも動いているんだ。
「ルナちゃん!」
門の向こうから聞き慣れた声がして、振り向くと次の荷馬車の御者台からマリエル・ノアが手を振っていた。
「なんでこんな危ないところにマリエルさんが?!」
「私がいなかったら、誰が〈魔報〉をさばくのよ」
「ブトワルの〈魔報〉は誰が?」
「リュミエールにやらせてる。あの子、受付嫌いでしょ。冒険者ギルドからの輸送関係の〈魔報〉は全部ブトワルで整理されて、ここに届くわ」
マリエルは笑みを浮かべ、肩から掛けていた鞄を叩く。彼女は荷馬車をブトワルの冒険者に任せ、ルナと共に王城行きの馬車に乗り換えた。
◇ ◇ ◇
王都では慌ただしく人が行き交っていた。ルナたちを乗せた馬車が城の門をくぐり、中庭へ着くと、二人は馬車を降りて指揮所となっている天幕へと入る。中では魔報手たちが書き取った報告を机に並べていた。
中央の作戦卓では、無精髭を生やして目の下に隈を作っているセオドアが、将校たちと地図を囲んで隊の配置を確かめていた。ルナは会話の切れ目に声を掛ける。
「セオドア元帥、失礼します」
「おお、ルナ殿。東門の〈魔報〉はどうでした」
「滞りありません! あっ、こちら冒険者ギルドブトワル支部のマリエル・ノアさんです。ギルド関連輸送の〈魔報〉を取りまとめてくださいます」
セオドアはすぐに頭を下げる。その腰の低さにマリエルは驚きを隠せなかった。
「助かります。ルナ殿、補給担当者へ紹介をお願いします」
伝令区画はいくつにも分かれ、ルナはマリエルを連れて奥の補給区画へ向かった。
「輸送関係の報告はこちらに集めています。各門で足りない人や物を確かめて、どの便で送るか決める場所です」
ルナは補給を担当する職員へマリエルを紹介し、届いた報告が並ぶ机へ案内する。マリエルは手近な一枚を引き寄せた。
「さっそくだけど、見せてもらっていい?」
「あ、はい!」
紙の端を揃え、荷の種類と数を確かめては、次の一枚へ指を滑らせる。職員が差し出した控えと帳簿を見比べ、必要な数を書き添える手は止まらない。
王都に来てくれたのは戦う人ばかりじゃない。みんな自分にできることを持って集まってくれた。
〈魔報〉も、ブトワルで始めた頃とは比べものにならないほど多くの人と物が動いているのに、大きな混乱は起きていない。自分で考えた魔法なのに、自分のものじゃないような不思議な感覚だった。
帳面をめくると、受け入れた冒険者の人数と、運び込まれた物資の量が目に入る。たった三日で、これだけ集まったのだ。各門へ振り分けた記録も、何ページにもわたって並んでいる。
鈴音が響くたびにルナは顔を上げた。けれど、魔獣の目撃を知らせる報告はまだない。来てほしくない。でも、いつ来るんだろう。壁では迎え撃つ準備が進んでいるのに、待つ時間ばかりが長く感じられた。
◇ ◇ ◇
作戦テントの長机に、ヴァレリオが数枚の報告書を広げた。オズワルドは地図を押さえていた杯を脇へ退け、書き込まれた地名と王都へ続く街道を見比べる。報告の発信地点は、東西南北に散在していた。
「各地のギルドから報告が入った。ばらばらに動いていた魔獣が途中で合流している。群れを成して四方から王都へ進んでいるらしい」
ヴァレリオが地図の四方へ駒を置いた。一つの駒が進む経路へ、別の駒が次々と寄せられていく。
「つまり、わざわざ集まってから来るということか?」
「ああ。多く見積もって、およそ二万だ」
「……二万?」
将校の一人が漏らし、報告を書き写していた羽根ペンが止まった。オズワルドは王都を示す印へ視線を戻す。敵の総数だけでなく、攻め寄せる態勢そのものも変わりつつある。少数ずつ到着する敵を各個撃破できるなどとは、もはや考えない方がいい。
セオドアが封を切った書状を開き、地図の脇へ置くと、誰かが声を上げた。
「灰の三〇〇は?」
「早馬を出していますが、恐らく半月はかかるでしょう」
地図へ身を乗り出していた男が無言で口を結ぶ。
オズワルドは傍らのエルウィンへ顔を寄せ、小声で訊ねる。
「灰の三〇〇?」
「北王国が誇る、大陸最強の部隊です」
折角の最強部隊だが、到着までの日数を勘案すれば当面は戦力として計算できそうにない。
「悪い知らせばかりではありません。公爵が周辺の騎士を集め、カーンプルで兵を束ねています。二、三日で王都へ来るとの報告がありました」
「おおっ」
低いどよめきが広がり、将校たちの間から声が上がった。
「住民の避難状況はどうです?」
「はっ! 王都を離れる者も少なからずおりますが、問題なく進んでおります」
オズワルドは駒の間を見ながら、ヴァレリオへ視線を移す。
「あとから来る冒険者連中は?」
「到着したやつらから、力量に応じて持ち場を頼んでいく。外壁から少し離れた場所に野営地も設けてるから、魔獣が溢れても集合できるようにしてある」
「じゃあ、まずは公爵の兵が着くまで持たせるのが第一目標だな」
オズワルドが地図へ指を置くと、セオドアも首肯した。
「ATHENA、Exionは?」
『現在、付近の森に待機中です』
敵を撃破する能力はあっても、同時に防衛すべき地点が多い。王都には広大な市街地が横たわっている。仮に全方位から攻め寄せられれば、どれほど速く移動できようと、守れる範囲は限定される。
「各門を軸に、兵と冒険者で外壁を分担するか」
現状を見る限り、幸いにも、二百年ものあいだ本格的な戦争がなかったにしては軍事行動そのものは組織的だ。実際の兵士の練度までは判然としないが、亡国の危機を前にしているためか、士気は高い。各門と王城にはすでに救護所が設けられ、壁内の兵站も構築されつつある。万が一、外壁を突破された場合、頼みの綱が市街に設けた防護柵だけという点は懸念材料だが……。
『仮に敵が人間であれば、二万の兵力でこの王都を攻略することは困難です。ただし、今回は魔獣です。個体ごとの戦闘能力が不明であり、さらに勇者捕獲作戦時や、Mr.オズワルドの昇級の際に確認された大型個体が含まれる可能性もあります。現時点では、総数だけをもって脅威度を評価することはできません』
「A級相当の魔獣への対処と、突破口を塞ぐ予備隊が要る。壁の守備とは別に確保しておきたい」
オズワルドが提案するとヴァレリオが口を開く。
「この国にS級パーティはいないが、幸いA級パーティは〈暁の道標〉を除いても三組来てくれている。そのへんと北王国軍で混成の予備隊を組むのはどうだ」
その後も指揮所では、計画が綿密に練り上げられていった。
やがて議論が一段落すると、セオドアは将校たちへ向き直る。
「各隊長は、隣接部隊と守備範囲を確認してください。配置完了後、指揮所へ報告を。区画の境に空白を残さぬように」
垂れ布を上げて将校たちが出ていくと、荷車の軋む音に部隊を呼集する声が幾重にも重なった。オズワルドは机上に残された地図を手元へ引き寄せ、王都の四方へ伸びる補給路を、もう一度指先でなぞるように確かめた。




