EP.31 それぞれの選択
翌朝、王城の会議室では、セオドアとレオンハルト、生き残った将校や官吏たちが長机を囲んでいた。壁際にはヴァレリオと、ルナを除く〈暁の道標〉も並んでいる。空席の目立つ卓上には王国地図が広げられ、各地から伸びる線が王都へ収束していた。
「まずは、昨日の緊急要請を正式な依頼へ改める。ノルド国国王、オルディヴァルト・ファルゼンロートの名において、冒険者ギルドへ王都防衛への協力を依頼する」
国王は王印で封じた依頼状を執事に渡す。執事はそれをヴァレリオへ運んだ。彼はそれを両手で受け取り、深く頭を垂れた。
「ブトワル支部長ヴァレリオ・モーデンの名で受諾いたします。他支部には、我が支部から協力を要請します」
国王に促され、ヴァレリオは報告書を開く。
「すでに各地から報告を受けています。王都周辺の魔獣は各方面からこの都をめざしております。動きがばらばらなため概数しか把握できませんが、一万は超えています。速い群れは、明日にでも到着する可能性があります」
室内を静寂が満たした。単純な頭数だけなら、それ自体に意味はない。だが、複数方向から同時に押し寄せるとなれば、問題は数だけでは済まない。
「各地のギルドには、戦闘員の派遣、物資の輸送、補給線の確保をすでに依頼しています。〈魔報〉を導入していない支部にも、導入済み支部から早馬を出しました。ただし、応援は間に合わないでしょう」
「一夜で、もうそれほどまで……」
官吏の一人が感嘆を漏らし、周囲からも低いどよめきが上がった。
「して、その〈魔報〉とやらは何だ」
国王が訊ねると、ヴァレリオは〈暁の道標〉へ手を向けた。
「〈暁の道標〉のルナ・アルストロメリアが作った魔法です。遠く離れた者同士で音を使ってやり取りができます。先日の王都奪還作戦でも役立ちました」
そこまで言うと、ヴァレリオは巻かれた羊皮紙を持ち上げた。
「あの羊皮紙で……」
「遠く離れた者と……?」
再び室内にどよめきが広がる。
「では、話を戻します。戦闘員や輸送担当を含め、すでに千人を超える冒険者が動いています。ただし、王都へ集結できる人数はまだ把握できていません」
◇ ◇ ◇
「セオドア軍帥。諸侯への出兵要請の件は?」
「通例ですと、近隣の領軍は早くて明日、遅ければ三日後。遠方なら五日以上を要します。昨日のうちに早馬を出しましたが、各家が何人を動員し、いつ出立するかは分かりません」
セオドアは卓を囲む面々へ静かに視線を巡らせ、
「現状、援軍を当てにはできません」
国王は地図へ視線を落とし、しばし黙考した。
「ならば、今ある兵で持ちこたえるしかあるまい。軍の掌握はどうだ」
「将校たちの穴は埋められませんが、指揮系統は早急に復旧させます」
「頼む」
「かしこまりました」
国王が地図の王都へ指を置いた。
「魔獣は各方面から近づいておる。今から民を外へ出せば、いずれかの群れと相対しかねぬ。全面退避は行わない。外壁付近の住民を内区へ移し、神殿と政庁を避難所として開放せよ。食料と水を集め、籠城する」
その場に居合わせた全員が、無言のまま首肯した。
住民を壁の内側へ集め、限られた兵力を集中させる。現時点では合理的な判断だ。
「生き残った官吏のうち、最も位の高い者を政務総監に任ずる。官吏はその指揮のもと、速やかに政務を立て直せ」
「ははっ」
官吏たちが一斉に頭を垂れた。
「北王国と冒険者ギルドで、互いの持つ人員と物資を合わせ、この王都を守り切るぞ」
オズワルドは、王都へと伸びる無数の線を凝然と見つめた。兵は足りず、敵の総数も不明。指揮系統は未復旧で、補給量も確定していない。
『状況更新。依然として不確定要素は多数。ただし、昨日と比較して防衛成功率は上昇しています』
王都を守り切れるか否かは、いまだ判然としない。だが少なくとも、勝利へ至るために不可欠な諸要素はすでに動き始めていた。
◇ ◇ ◇
ゼッドが治療室で、いつになく真剣な顔で仲間を見回すのをルナは寝台から見ていた。
「明日には魔獣が来るかもしれねぇ。数は一万以上、何が来るかも分からねぇ。ルナの件を見りゃ分かるだろうが、今度は誰の命も保証できねぇ」
誰も言葉を口にしない。ゼッドは腕を組み、
「俺は残る。だが、全員に付き合えとは言わねぇ。パーティを抜けるなら今だ。止める気も、責める気もない」
「私は残るわ」
寝台脇に座っていたキリカがすぐに答える。椅子から立ち上がり、
「あたしは〈暁の道標〉と一緒にいる。いたいから。ほかに理由はいらないでしょ」
エルウィンはルナの包帯へ目を向けると、穏やかな声で続けた。
「私も残ります。戦いが始まれば、負傷者は必ず出るでしょう。治癒魔法を使える私が今ここを離れるわけにはいきません」
爆発のことを思い出すと、震えてしまう。でも、みんなを置いて自分だけ逃げるの? ちがう。ここが、今の私の家なんだ。師匠も、ゼッドも、ガドルも、キリカも。そして――ルナはリアムを見つめた。
「わ、私も、〈魔報〉ならできます」
「お前は休んでろ、と言いたいところだがな」
ゼッドが困ったように頭を掻く。
「私が作った魔法です。誰よりもうまく扱えます」
声が震えているのが自分でも分かった。眼鏡を押し上げると、ゼッドは赤髪をかき上げて見つめ返してきた。やがて、小さく息を吐く。
「無茶はするなよ」
「はい」
ゼッドがガドルを見上げる。
「お前は残るの確定な。お前がいないと俺が死んじまう」
「俺、選ぶ権利、ない」
全員が一斉に笑った。
みんな残ってくれる。それだけで少し安心できた。
◇ ◇ ◇
仲間たちの声を聞くうち、オズワルドの脳裏に、遠い記憶の情景が鮮明に蘇った。
──────────
「このままでは、火星は――人類は負ける」
「だからって、お前が行くことはないだろう」
「誰かが行かなければならない。だから頼む」
しばし沈黙を保っていたが、やがて観念したように大きく息を吐いた。
「……ああ、分かった、分かった。こんなことがばれたら、懲戒じゃ済まないぞ」
二人は研究区画の奥へ向かう。認証を通すと重い隔壁が開き、狭い実験室が現れた。中央の架台には一本の装置が固定されている。
「先に言っておく。これはまだ武器じゃない。理論が成立するか確かめるための実験機だ」
そう告げて、端末を操作する。腕ほどの長さの実験装置。その先端では、青白い光が一点へ凝縮していた。
「……ライト○イバーか?」
「ばか野郎」
男は青白い光を見ながら口の端をわずかに吊り上げ、
「もっとすごい」
──────────
「皆に話しておきたいことがある」
オズワルドは包帯に覆われたルナの左腕を見ると続けた。
「俺がもっと早く魔族の狙いを看破できていれば、ルナは巻き込まれずに済んだ。危険が残っていると……気づいていたんだ。お前たちが俺を頼ってくれてるのは分かってる。ただ、そのせいで誰かが死ぬかもしれない。その可能性を分かっていながら、俺は選択するんだ。だから、俺が〈暁の道標〉と行動を共にするべきじゃないと思うなら、言ってくれ」
ゼッドが寸毫の間を置かずに口を開いた。
「リアム、それは違うぜ。俺たちは冒険者だ。命の危険があることなんて当たり前で、自分の意志でここにいるんだ。俺たちが選んだことまで勝手に背負うな」
キリカ、エルウィン、ルナ、ゼッドへと順に視線を巡らせ、最後にガドルへ目を向けた。胸に残る重さは消えない。正直、王都に未練があるわけじゃない。ただ、今立っている場所はここだ。
オズワルドはしばらく考えてから口を開き、
「〈暁の道標〉は俺にとっての居場所だ。だから命を懸けて行動を共にする」
ゼッドが口元に笑みを浮かべる。
「ったく、おっさんは相変わらずキザだな」
〈暁の道標〉の面々がそれぞれに頷いた。




