EP.27 感情は免罪符にならない
王都ラクナウへ続く街道を、五十人余りの隊列が進んでいた。足並みの揃いきらない足音を聞きながら、オズワルドは前方を行く兵士たちの背を見渡す。その中には〈暁の道標〉の面々もいる。
ガドルは馬車の中で、黙々と盾の整備をしていた。その姿を見て、北辺で山を仰いでいた彼の顔が脳裏に蘇る。
――『巨人は、山と平地のあいだ、挟まれて、魔物、魔族の前に立つ役だ』
王都を守るためにここにいる全員を死地に連れていく。そう考えると、脳裏で別の記憶が再演された。
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ネストの中層へ差しかかった、その瞬間だった。
壁面を埋め尽くしていたVirethが、一斉に蠢く。
「フォーより各機へ、散開!」
「ツー、右!」
「見えてる! スリー、援護!」
「了解――上にもいる!」
「ワン、遅れるな!」
「は、はい!」
閃光が走った。ツーの機影が大きく弾き飛ばされ、通信回線へ激烈なノイズが雪崩れ込む。
「ツー! 応答しろ!」
「ワン、前だ!」
「スリー、離脱しろ!」
「無理だ、囲まれ――」
スリーの絶叫が響く。
残存機、二。
「フォー、最深部まであと少しです。行ってください!」
「ワン、おまえは!」
「隊長、今まであ――◇●×……っ、#%ッ」
背後で爆光が膨れ上がり、それきりワンの声が途絶した。
「……くそったれ」
推進機構を限界出力まで叩き上げ、ExionGENESISを予測最深部座標へ強引に突入させた。
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感情は理由になっても、免罪符にはならない……か。
◇ ◇ ◇
日没前。オズワルドたちは王都を望む廃農園で準備を進める。
「王都周辺への〈魔報〉の配置はどうだ」
「完了しましたわん」
獣人将校が頷く。〈魔報〉が電波と違い、地下や洞窟でも問題なく届くことは開発時に実験済みだった。各班に〈魔報〉の羊皮紙が配られ、ブリーフィングが開始された。
回収班は五人。オズワルド、レオンハルト、ゼッド、キリカ、それに〈魔報〉を扱う魔報手。
エルウィンとセオドアを筆頭とする強襲部隊は複数に分かれ、王城内に潜む魔族の特定と排除を担う。
ルナは地下通路に待機し、退路を確保しつつ、〈魔報〉による各班の通信統制。
ガドルは兵士十名からなる即応部隊と王城外に残り、発覚時の救援、離脱経路の維持、救出後は国王の警護を担当する。
ブリーフィングが終わると、レオンハルトは回収班だけを呼び寄せた。
「協力者は国王お付きの侍医だ」
名と人相、連絡の合図を伝え、地図の上に指を落とし、
「私が倒れても、ここへ向かってくれ。旧天文塔近くの地下水路だ。そこに協力者がいる。すでに文は出してある。夜には待っているはずだ」
レオンハルトは片眼鏡を外し、懐にしまった。地下通路の地図を囲む回収班の視線が細い経路を追っていく。
「俺は魔法が扱えない。念のため持っててくれ」
「分かったわ」
キリカに〈魔報〉を渡す。彼女は魔力の流れは見えないが、簡単な魔法なら扱うことができた。やがて各班の最終確認が終わり、オズワルドは顔を上げた。
「国王を確保したら、第三段階へ移る」
「そっからが本番ってわけだな」
ゼッドが拳を掌へ打ちつける。
◇ ◇ ◇
夜を待ち、オズワルドたちは王都外縁にある東水路の入口に集結した。鉄格子の向こうには、都の地下深くへ通じる水路が黒々と口を開けている。
「ここから王城の下まで続いている」
「じゃあ、みんな手筈どおりに」
オズワルドの合図を受け、回収班を先頭に、各班が一定の間隔を置いて水路へ進入した。
石造りの暗渠をひたすら進む。代わり映えのしない石壁と水路が延々と連なり、時間感覚さえ曖昧になった頃には、まもなく四時間が経過しようとしていた。
「ずいぶん広い都なんだな」
「王都には百万人以上が暮らしています」
「……そんなにいるのか」
『インドのラクナウは、市域人口四百万人以上とされています』
「待て、この辺りだ」
前方には頑丈な鉄格子が嵌め込まれ、太い錠が掛けられている。
レオンハルトは手にした杖で鉄格子を三度叩く。間を置き、さらに三度。やがて闇の奥に小さな火が浮かび、手燭を持った侍医が姿を現した。内側から錠を外し、鉄格子を静かに開く。
「レオンハルト殿」
侍医の顔に安堵が滲んだ。しかしそれも束の間、オズワルドたちの姿を見回すと、警戒を露わにした。
「ご無事で何よりです。紹介は後ほどに。先を急ぎましょう」
レオンハルトが告げると、侍医は短く首肯し、水路の奥へ歩き始めた。
「陛下は城郭内にある、旧天文塔の最上階に拘束されています。衰弱していますが、命に別状はありません」
「この水路から塔へ上がれるのか?」
オズワルドが訊ねると、侍医は首を横に振った。
「一度外へ出て、塔の裏手まで回る必要があります。ただ、侵入には隠し通路を使えます」
水路を抜けるとそこかしこに夜警が立っている。
「以前より巡回兵が多いな」
レオンハルトが声を潜める。彼の脱出を受け、魔族が監視を強化したのだろう。
侍医の先導で夜陰へ紛れながら塔の裏手へ回り、隠し通路から旧天文塔へ侵入した。キリカは単独で先行し、内部の様子を確認して戻ってくる。
「正面の階段には見張りがいる。右手の階段なら上がれるわ」
「上は記録庫へ通じている。北の回廊へ抜けられる」
レオンハルトの判断に従って迂回し、階段を上がり始めたところで、魔報手の胸元から、木片を打ち合わせるような微かな音が連なった。彼は音列を数え、声を落とす。
「ルナ班から。『魔族特定。仮説通り』」
侍医の案内で国王のいる部屋へ近づいたところで、キリカが片手を上げた。一行を制止し、二本の指を立て、人差し指と中指で徒歩と歩数を表す。
見張りは二人。
部屋の扉までは二十三歩。
ゼッドが親指で自らの胸を示し、次いで廊下の奥を指した。オズワルドが頷く。
ゼッドは廊下の角から一瞬だけ姿を晒した。気づいた見張りの一人が、もう一人に持ち場を任せて後を追う。足音が十分に遠ざかるのを待ち、今度はキリカが反対側で小石を転がす。
残された兵士が物音のした方角へ歩き出した。オズワルドは死角から接近して口を塞ぎ、腕を首へ回した。数秒後、兵士の膝から力が抜ける。その身体を支えたまま静かに床へ横たえ、頸動脈へ指を添える。脈はある。
◇ ◇ ◇
侍医の鍵で扉が開くと、レオンハルトが先んじて室内へ入った。黴臭の籠もる狭隘な部屋。その寝台には痩せ衰えた男が鎖で繋がれていた。
「……レオンハルトか」
「はい、陛下。お救いに参りました。説明は移動しながら」
国王は自力で立つことこそできなかったが、意識は保っている。魔報手が規定の音列を送信した。
国王確保。
第二段階、達成。
そのとき、廊下のほうから足音が近づいてきた。キリカが即座に扉の脇へ身を寄せ、ゼッドも短剣の柄へ手を掛ける。ほどなく入口へ姿を現したのは北王国軍の将校らしき男だった。
「……何をしている」
男は寝台から起こされた国王を確認した瞬間、表情を強張らせた。
「陛下……?」
レオンハルトが男を凝視する。直後、その表情が一変した。
「魔族だ」
男の顔から表情が消えた。皮膚の下を黒い筋が奔り、肩と背が異様に隆起する。ゼッド、キリカ、オズワルドの三人は、変貌が終わるより早く同時に間合いを詰めた。
オズワルドは攻撃をかわし、脇腹へ拳を叩き込む。次いで魔族が身を折ったところでキリカが膝を蹴り、体勢を崩した顎へゼッドが掌底を打ち上げた。魔族が後ずさり、石床へ片膝をつく。オズワルドを睨み据えたのち、王に視線を走らせると、低く唸って身を翻した。
廊下を駆けていく足音が遠ざかる。
誰も追わなかった。
オズワルドは魔報手へ視線を向け、親指を上げた。
「第三段階だ」
魔報手が一度だけ頷き、〈魔報〉へ魔力を流した。




