EP.23 成立しない作戦
翌朝、オズワルドたちが巨人族の村からポカラへ戻ると、ゼッド、キリカ、エルウィンの三人が待っていた。
「どうだったよ。巨人族の村は」
オズワルドは一瞬ガドルの顔を見やる。
「手伝うように、村に呼びかける、言われた」
「そうか」
ゼッドが満足げに頷いたところで、キリカが緑色の目を吊り上げ、横から鼻を鳴らした。
「こっちは大変だったのよ。この飲んだくれが酒場で大騒ぎしやがって」
「お前も楽しんでたじゃねーか」
ゼッドがキリカの肩に腕を回そうとして、あっさり払い落とされる。
「誰がよ。途中から樽抱えて歌ってた馬鹿を宿まで運ばされたんだけど」
「ちゃんと自分の足で帰っただろ」
「最後の十歩だけね」
「ほぼ自力じゃねぇか」
「九割運ばれてんのよ」
エルウィンが深い嘆息を漏らす。ゼッドとキリカが軽口を応酬する傍ら、一行はそのまま北辺軍司令部へ向かった。
司令部の小屋へ入ると、セオドアと将校らしき二人が待っていた。一人は人族。もう一人は犬に近い獣人族。茶褐色の短毛に、少し垂れた耳。前へ伸びた口吻の先で、黒い鼻が一行の匂いを確かめるようにわずかに動いた。セオドアは立ったまま一行を迎え、深く頭を下げる。
「やはり、北辺軍を率いて王都へ向かうことはできかねます」
「……そうか」
オズワルドは眉間に指を当てる。
その後、一同は地図を広げた机を囲んだ。よく見ると、セオドアと二人の将校の目には、睡眠不足特有の赤みが残っている。
「現在、北辺軍の総兵力はおよそ六千です」
セオドアの指が机に広げられた地図の上を滑り、
「この一帯から西の山岳地帯まで。北辺軍は街道と補給拠点を維持しながら、数十に及ぶ村々へ物資を送り、同時に山から下りてくる魔獣にも対処しています」
地図の上では指一本でなぞれる距離だった。
『地球上の地理に換算した場合、ネパールからパキスタン北部に相当する範囲です。概算で千キロメートルを超える防衛正面に対し、総兵力六千。余剰兵力は極めて限定的と推定します』
数十の村と防衛拠点が広域に散在し、その間を結ぶ街道まで維持している。六千人とは予備戦力ではなく、すでに北辺を維持するために充てられている兵力だった。
セオドアの後ろに立つ獣人の将校が口を開く。
「ただでさえ今は雪で部隊を動かしにくい時期です。各地から兵を抜けば、その分だけ防衛線に空隙が生じる。現在の輸送網と防衛線を維持したまま、このポカラ周辺から急ぎ王都へ差し向けられる兵をかき集めても……五十人出せるかどうか、わん」
「五十人って……」
ゼッドが言葉を失い、しばらく誰も口を開かなかった。
北辺防衛という責任まで引き受けたうえでの結論なのだろう。昨日の説明を聞いた時点で返答は予測していた。
だが、予測と確定は別物だ。
「五十」という具体的な数字が提示されたことで、北辺軍を主力として王都へ進軍する構想は完全に潰えた。
◇ ◇ ◇
「西連邦か東皇国へ援軍を求めるのはどうだ」
ゼッドの提案に獣人将校が首を横に振る。
「両国が今回の件を信じ、軍を編成して北王国へ到着するまでに、どれだけの時間がかかるか分かりませんわん。仮に軍を動かしてくれたとして、王都側が侵略だと宣言すれば戦争となりますわん」
「なら、各地の冒険者を集める。〈魔報〉を使えば、呼びかけることはできるでしょ」
キリカが地図へ身を乗り出し、オズワルドが口を開く。
「連絡はできる。だが、話を信じて集まったとしても、王都側から見れば武装集団だ。軍に鎮圧される可能性が高い。それに情報も拡散する」
セオドアが地図上の街や村を順に指した。
「問題は何人集まるかも、いつ到着するかも不明なことです。そのうえ、情報が曖昧なまま王都へ送り込むことになる」
「北辺軍から出せる五十人を先行させて、冒険者と後続兵を途中で合流させるのは?」
今度はエルウィンが訊ねた。
『推奨できません。到着時期の異なる戦力を逐次投入した場合、先発隊の発見により王都の警戒が強化されます。後続部隊と合流する前に分断され、各個撃破される可能性が高いです』
オズワルドはATHENAの分析を伝えた。
地図上の駒を弄る。王都へ向けていた駒を戻し、別の街道へ置き直す。五十人を二分する。一方を囮にし、残りを別の門から侵入させる。
駄目だ。
囮が敵を誘導したか確認する術がない。合流地点を変えても、王都内部に安全圏が存在する保証もない。
北辺軍、他国の援軍、冒険者。投入順序と進路を変え、使用可能な戦力を幾度も再編する。そのたび、欠落した条件が地図の上から突き返される。
『Exionによる正面突破も推奨できません。敵味方の識別が成立せず、安全制御が介入する可能性が高いです。また、王城内では二次被害の危険も無視できません』
まったくだ。誰が魔族で、誰が事情を知らない王国兵なのか判別できない。Exionを使うには、場所が悪すぎる。
「……まず情報を集めるしかないか」
『レオンハルト氏の離脱により、魔族側が計画の露見を警戒している可能性があります。情報収集に時間を費やすほど、国王および重臣の移送や監視体制の変更、証拠の隠滅が進む可能性があります』
「ちっ」
待つことさえ、状況を悪化させる。
『現時点では、戦力を増強しても作戦は成立しません。王都内部の敵戦力、配置、監視体制、国王および拘束された重臣の所在――作戦立案に必要な情報が不足しています。しかし、情報収集に必要な時間も確保できません』
「ということは……」
『現時点で確認されている情報に基づき、王都奪還を達成可能と評価できる作戦案はありません』
可能性がゼロになったわけではない。だが、希望的観測を積み重ねたものは作戦ではなく賭けだ。
この世界で直面してきた問題には、組み替えるための部品があった。
受付。倉庫。ギルドの輸送網。
〈魔報〉を作ったのはルナで、記録を集め、街を歩き回ったのは〈暁の道標〉だ。オズワルドは少し先の知識を伝え、人と物をつないだにすぎない。
今回は違う。
必要な戦力も判断材料もなく、それらを得る時間すらない。
「……で、次はどうする」
ゼッドの声が静かな室内に落ちた。顔を上げると、ルナは何かを言いかけて口を閉じ、エルウィンも、キリカも、ガドルも沈黙している。ただ、全員がオズワルドを真っすぐに見つめていた。
ここで考えることをやめれば、失うのは王都だけではない。しかし答えが出ない。
ドンッ!
「くそっ!」
気づけば、机に拳を叩きつけていた。
室内が静まり返る。ゼッドさえ何も言わない。
「……王都を奪還する手段はない」
誰も口を開かなかった。諦念から出た言葉ではない。ただ、現時点における事実だった。問題を正しく分解し、欠落した要素を補完すれば、必ず進むべき道筋を構築できる。そう信じてきたオズワルドにも、次の一手が見えなかった。




