EP.22 どこに立つか
〈見通す者〉に関して分かっていることは四つ。
一つ、ヴァレリオとレオンハルトは、異なる時期、異なる場所で〈見通す者〉を名乗る集団から救助された。
二つ、後年、両名へ差出人不明の依頼が届き始めた。
三つ、今回、レオンハルトはヴァレリオを頼るよう誘導された。
四つ、結果として王家の封緘状は王都の命令系統から隔絶されたセオドアへ到達している。
「ATHENA、〈見通す者〉の所属と目的について仮説を出してくれ」
『第一仮説。〈見通す者〉は人族側の対魔族組織です。目的は魔族の再侵攻への備え。大陸各地に情報網を持ち、ギルド、学術機関、宮廷、軍へ間接的に働きかけている可能性があります』
整合性はある。レオンハルトやヴァレリオ以外にも協力者が存在する可能性は高い。
『対立仮説。〈見通す者〉は魔族側の工作組織です。目的は大陸侵攻に先行する情報収集と工作活動。今回の王都掌握を含む一連の工作は、人族側の情報伝達能力と比較して連携精度が高すぎます。各機関にヴァレリオ氏やレオンハルト氏のような、意図を知らされないまま利用されている人間が存在すると仮定すれば、観測された事実と整合します』
「となれば……」
『今回の封緘状の件も魔族による工作だった場合、今後の接触を無条件に支援と判断することは危険です。誘導、あるいは罠である可能性を優先して警戒すべきでしょう』
厄介なのは正しいと信じた判断そのものまで、敵の謀略へ組み込まれている場合だ。自分たちは王都を救うために動いているつもりで、実際には魔族に用意された進路を忠実になぞっているのかもしれない。かといって、指をくわえて見ているつもりもないが。
『両仮説とは別に、補助仮説があります。〈見通す者〉は未来を予測する手段を持つ、あるいは何らかの方法で未来の情報を取得している可能性があります。所属陣営を示す仮説ではありませんが、異なる時期と場所で行われた介入の精度を説明できます。ただし、彼らが人族側であり、今回の事態を事前に把握していたと仮定すると、王都の掌握を許した事実との整合性が低下します』
E.U.Uは、Vireth大戦で敗北を重ねて以降、最有力仮説には必ず対立仮説をぶつけ、さらに第三の可能性まで検討する手法を採用していた。旧イスラエル軍情報部の〈悪魔の代弁者〉を下敷きに、再構成した分析法だ。
とはいえ、正体の断定に時間を費やしても意味はない。必要なのは答えではなく、次に何が起こり得るかだ。
「任務は続行する。都合よく現れた人物、情報、依頼はすべて記録して照合してくれ」
『承知しました』
「通常の情報収集では知り得ないはずの行動まで先回りされるようなら、最後の仮説を再検討する」
考察を打ち切ったところで、ガドルが大きな手を上げた。
「村、顔出したい。ここから、遠くない」
ゼッドが〈暁の道標〉を見回した。全員が穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。
「ああ。行ってこい」
「うむ」
◇ ◇ ◇
オズワルド、ルナ、ガドルは、なお残雪の残る緩やかな山道を歩いていた。しばらく無言で進んでいたガドルが前を向いたまま、口を開く。
「巨人族にも助け、求める」
「え! 巨人族の人たち助けに来てくれるんですか!」
「話してみないと分からない。巨人族、助けてもらってる。恩を返すと思う」
一時間も経たないうちに、ヒム・ガ山脈の裾に張りつくように建つ、石と木の家々が見えてきた。
村の入口でガドルは足を止める。ほどなくして、年老いた巨人族の女と若い男たちが迎えに出てきた。
「おお、ガドルじゃないか」
「生きてたか」
「痩せたな」
最初、彼らの顔には再会の驚きと喜びが浮かんだ。一方で、その瞳に微かな隔意が混じったのをオズワルドは見逃さなかった。
迎えられるまま村の中へ入ると、今度は自分まで小人になったような感覚を覚える。人間より一回り大きな建物と扉。干された衣服も何もかもが、一回りも二回りも大きい。
空が紺青へ沈んだ頃、村の中央で簡素な帰郷祝いの席が設けられた。決して盛大ではない。だが焚き火の周囲には笑声が絶えず、ささやかな酒宴はそれなりの賑わいを見せている。それでも村人たちはどこかガドルに遠慮しているように見えた。
「……歓迎は、されてるんですよね?」
ルナが不安げに呟く。瓶底眼鏡の奥で、紫の瞳がわずかに揺れた。
『会話内容および表情を解析。歓迎の感情は確認できます。一方、再会後の関係性については、双方に判断の保留が見られます』
「久々の再会で、距離の取り方が分からなくなっているのかもしれないな」
「……なるほど」
やがて、年長の巨人が山と巨人にまつわる古い伝承を語り始めた。
子どもたちが瞳を輝かせ、身を乗り出して耳を傾ける。
「――むかし北の山なみには、巨人たちの国がありました」
ガドルもかつて、この焚き火の輪に混じり、同じ物語を聞いていたのだろう。しかし、その横顔はどこか昏い。
昔話が終わると、年長の巨人たちは揃ってヒム・ガ山脈へ顔を向け、胸元に拳を当てた。
「第四山環の神様に祈ってるんです。山へ還ったご先祖様や、昔の戦いで亡くなった人たちが、今もあの山で安らかに眠れますようにって」
ルナが小声で囁く。その姿を眺めながら、オズワルドは昔どこかで耳にした聖書の一節を思い出した。
――In my Father's house are many mansions.
父の家には、多くの住まいがある。
不可知論者のオズワルドには、神が実在するのか、死者がどこかへ赴くのか分からない。宗教について知ったかぶる気も、否定する気もない。ただ、Vireth戦役で死んでいった仲間たちを思えば、虚無へ消えたと考えるより、どこかに辿り着いたと思うほうが幾分か都合がいい。死んだ仲間にまで「その先は何もない」と言い切るほど、割り切れていなかった。
「居場所探しか……」
自分もまた、本来いるはずだった世界から切り離され、この世界へ流れ着いた人間だ。焚き火を眺めながらこの世界の酒で舌を湿らせると、思わず咳き込んだ。
「なんだこれ……」
「灰根酒っていうお酒です」と、ルナが笑いを含んだ声でで教えてくれる。
その様子を見て周りの巨人族も「人族、酒弱い」と言って嬉しそうに笑いだす。彼らを見ていると、胸の奥に沈殿していた疎外感がほんの僅かに薄らいだ気がした。
『Mr.オズワルドもまた、元の世界の輪には戻れない可能性を折に触れて意識しています』
「……ああ、そうだな」
◇ ◇ ◇
その夜、オズワルドが寝床の小屋を出ると、まだ燃えている焚き火の傍らでガドルが山脈を見上げていた。
「眠れないか」
声をかけると、ガドルは振り向かず「うむ」とだけ答えた。
「久しぶりの故郷は、どうだった」
「……狭くなっていた」
少し考えてから彼はぽつりと口を開き、
「家も、椅子も、道も。昔と同じ大きさのはずなのに、どこか、狭くなっていた」
「……そうか」
「山にもなれない、村にも戻れない。……そういう場所、今いる」
「戻りたいのか?」
「……分からない。ただ、昔と同じじゃない」
ガドルの声音は、自嘲にすらなりきれない乾いた響きに聞こえた。
「山になったら、動けないだろ」
オズワルドは焚き火の傍らへ腰を下ろし、拾った石を指先で弄びながら、
「間にいてくれる奴が一番ありがたいもんだ」
「……うむ」
焚き火がぱち、と爆ぜる。
巨人たちが守ってきた山脈と、今のガドルが立つ場所。その狭間には容易には埋まらない隔たりがある。とはいえ、山になれない巨人にも、この世界に来た異邦人にも、やらなければならないミッションがある。
火の粉が夜空へ舞い上がる。その向こうでは、雪化粧した山の稜線が巨人の背骨さながらに暗く横たわっていた。




