EP.21 不死身のセオドア
「あ、あれが……」
思わず小さく呟くと、〈暁の道標〉の面々が、どれどれとルナの視線の先を追う。
薄手の外套を羽織り、腰には剣を携えている。背丈はエルウィンと同じくらいだった。痩せ気味の体つきのせいか、肩に掛けたマントがひと回り大きく見える。将軍と聞いて想像するような威圧感はまるでなかった。
「なんか思ってたのと違うわね」
ルナの耳元でキリカが囁いた。肩口まで伸びた灰褐色の髪がさらりと揺れる。声を低くしているのは、畏れというより、拍子抜けに近い驚きかもしれない。
顔立ちは……どこにでもいそうな中年男。たぶん、リアムと歳はそう変わらない。ただ、その目は凛としていて、〈暁の道標〉を真っすぐ見つめたまま逸らさない。歩みは速くないのに、一歩ごとに迷いがない……気がする。
「不死身のセオドアって呼ばれてるんでしょ。なんか、もっと……こう、胸板バキバキのムキムキを想像してたんだけど」
「キ、キリカさんっ」
小声で諭したけれど、ルナも内心では同意していた。目の前に立つと、目の下には薄い隈、口元には深い皺。英雄というより、胃を痛めていそうな真面目そうなおじ様だ。けれど、背筋は真っ直ぐだった。
「遠路ご苦労。北辺軍司令、セオドア・ベルジュです」
声に覇気は感じないけど、穏やかでよく通っていた。ゼッドが一歩進み出て胸に拳を当てる。
「〈暁の道標〉リーダー、ゼッド・バーンハードだ。早速だが将軍――」
ゼッドは周囲を一度見回すと、外套の内側からレオンハルトに託された封緘状を取り出し、セオドアにだけ見えるよう少し覗かせた。
「……そうですか。詳しい話は、ポカラに着いてからにしましょう。ここで立ち話をしていると体が冷えますので」
◇ ◇ ◇
北辺前線拠点――名前だけ聞けば立派な施設を思わせるものの、実際にはポカラという人口千人にも満たない小さな町の脇に並ぶ五つの倉庫だった。溶け残った雪が崩れかけた石垣をまだらに覆い、傾いた柵の向こうでは、何十人もの北王国軍の兵士が忙しそうに十台近い荷馬車へ物資を積み込んでいる。
〈暁の道標〉は、倉庫群の横にある北辺軍司令部へ通された。司令部といっても、建物は小さな木造小屋。ここが最北の拠点なの?
ルナにはよっぽどブトワルの冒険者ギルドの方がちゃんとしているように思えた。
中へ入るとゼッドが懐から封緘状と、異変を記した羊皮紙を取り出してセオドアに渡す。彼は赤い蝋に刻まれた王印を指で確かめ、封を切った。紙面を追うにつれ、口元が固くなり眉間の皺も深くなっていく。
「……魔族?」
セオドアはゼッドに経緯を一つずつ訊ね、しばらく考え込んだ後に口を開いた。
「申し訳ありませんが、北辺軍は動かせません」
セオドアは机へ広げられていた地図を指さす。指先がヒム・ガ山脈の麓をなぞり、山間に点在する村々を辿る。説明によれば、北辺軍の任務は雪で往来しづらい街道を維持し、人間と巨人族の村へ物資を届け、山から下りてくる魔物を討つことだという。
道中で出会った護衛隊と荷馬車が頭に浮かんだ。あれも北辺で暮らす人々を支えるため、軍が運行していたのだ。このまま王都を救いに行けば、北部の村々がどうなるかは説明されなくてもルナには分かった。
「ここは魔族に対する防衛線じゃないのか?」と、リアムが訊ねる。
「正直……この軍は魔族の侵攻に備えるというより、治安維持と輸送を担っています。魔族を実際に見たという話は、これまで一度も聞いたことがない。せめて雪が溶けるまでは動けません」
その場にいた全員が難しい表情を浮かべる。言い伝えでは、魔族はヒム・ガ山脈を越えてきたとあるけれど、あの山々を軽々しく越えてくるのは確かに想像しづらい。
ルナは一つの伝説を除いて、人間があの山脈を越えたという話を聞いたことがなかった。それは数百年も前に、この冒険者ギルドの創設者が山を越えて魔族領に行き、帰ってきたという伝説だ。
「それに、この話が本当ならば王都の危機そのものが、北辺軍を誘い出すための魔族の罠という可能性も捨てきれません」
「ごもっともですね」
セオドアの一言に、エルウィンが顎に指をあてたまま相槌を打つ。
「全軍は動かせませんが……陛下も王都も見捨てません。北辺を維持したまま、割ける戦力を検討します」
将校を集めて話し合うと聞き、リアムが口を挟んだ。
「集める将校は信用できるのか。ここに間者がいない保証はない」
「まず情報を整理し、事情を知らせる相手を絞ります。私たちにしか分からない過去の出来事もあるので」
「そうか……だが、時間もかけられない」
リアムが机上の封緘状へ目を向けて、
「レオンハルトの脱出が知られていれば、魔族も動き始めるだろう」
リアムの言う通りだ。逃げた人がいるなら魔族は計画を知られたと気づくし、手を打つ。セオドアは短く頷き、翌朝までに結論を出すと告げた。ルナたちは促されるまま部屋を出る。
司令部の外では兵士たちが荷馬車へ袋を積み、休みなく行き交っていた。つい先ほどまでなら、忙しそうだとしか思わなかった。今は、積まれた袋が一つ届かないだけで困る人がいるのだと分かる。
王都も北辺も守らなければならない。セオドア将軍の肩にはそれほどのものが乗っている。北辺軍が王都へ行けないのなら、この国を誰が救うのだろう。
◇ ◇ ◇
オズワルドは小屋を出ると、動き始めた荷馬車を目で追いながら、ブトワルを発つ前、ヴァレリオから聞いた話を反芻した。
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「この間、ギルド間の輸送網の話をしたとき、濁したのは今回の件だったのか?」
オズワルドはヴァレリオに問うた。
「いや、違う。ただ……今回の件で、今までの辻褄が合った」
「どういうことだ?」
十年以上前、ブトワルから早馬で一日ほどの農村に魔物が異常発生した。王都ラクナウからだと五日はかかる場所だ。そこでヴァレリオは冒険者を率いて討伐へ赴いたが、当時、街に一組しかいなかったA級パーティは別件の依頼で不在だった。
集まったのはB級以下の五パーティ、総勢二十八人。戦力不足は明白で、壊滅寸前まで追い込まれたという。
「我々を救ったのは、突然現れた百人を超える集団だった。やつらは自らを〈見通す者〉と名乗った」
介入がなければ全滅していた。生還できたのはヴァレリオを含む数名。それ以降、差出人も目的も不明な依頼がときおり大陸郵便で届くようになり、命を拾われた恩義からヴァレリオは可能な範囲で依頼に応じてきたらしい。
「もちろん、内容も奴らの個人的な利益のためとは思えない、国や土地、ギルドにとって有益なものだったからだ」
レオンハルトにも酷似した過去があった。幼少期、正体不明の集団に命を救われ、〈見通す者〉の名を告げられた。
「大陸連合自然理学院へ入学した頃から差出人不明の依頼が届き始めた。ちょうど五年前、十六歳の頃だ」
「依頼はどこから届く?」
「差出人は書かれていない。大陸郵便を経由して届くだけだ」
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〈見通す者〉――秘密組織か何かか?




