EP.18 リアム様のおうち問題
冷たい風が幾許か温もりを帯び始めた頃だった。ブトワルの北外壁の外、林との狭間にある小さな更地に全高二・三メートルの鉄塊が屹立していた。
第四世代型戦術強化兵装・Exion。
厳密には鉄ではない。外層は高硬度セラミックと金属ガラスコーティング。中間層はラティス構造。内層に高靭性ナノラミネート合金プレート。さらに、微細な亀裂を自律的に充填する自己修復コーティングまで施されている。
オズワルドは脚部カバーを開いた。金属フレームへ指先を這わせると、黒いグリースが指にまとわりつく。
右ふくらはぎの内側には整備班が油性ペンで記した「ここを殴るな(Cryonixライン)」の注意書き。霜の名残が固着させたフレームを布で拭えば、金属と油脂の入り混じった匂いが鼻腔をくすぐった。馴染み深い臭気に機体格納庫の情景が蘇り、オズワルドの口元は自然と緩む。
「よし、そこまで酷くはないな……」
四基のローターを低く唸らせながら、掌ほどのメンテナンス用小型ドローンが機体周囲を滑走するように旋回する。保守作業を主用途とする機体だが、必要とあれば偵察飛行にも転用できる。
足元では多脚ミニロボが、機体の狭隘な隙間を縫うように忙しなく動き回っていた。
ドローンが外装面に沿ってレーザーラインを走査すると、ROD上では、歪みが検出された箇所のみが赤い矩形で囲われていく。オズワルドは拡張現実上に浮かぶ赤枠を順次タップし、簡易補修キューへ投入した。
続いて、膝関節裏に薄霜のような痕跡を残していたCryonix系冷却システムの凍結部を、小型ヒーターで慎重に融解させる。
『膝部一次フレーム、歪み許容量の十二パーセント以内。交換は次回オーバーホールでも問題ありません』
視界内で三角形の警告アイコンが一つ点灯した。
「念のため強度ログも回しておいてくれ」
『了解。強度ログの記録を開始。記録データをバックアップへ同期します。Mr.オズワルド、定期メンテナンスを怠る習慣は、長期的観点から極めて非効率です』
「はいはい。はぁ、どこにいても結局やることは同じか……」
応じながらも悪い気はしなかった。オズワルドは不可知論者だったが、日曜に教会へ赴く者も、案外こんな感覚なのかもしれない。仕事というより習慣化された儀式ではないか、と。
◇ ◇ ◇
「リアム様、何かお手伝いしますか?」
声に振り返ると、そこにはルナが立っていた。澄明な銀髪が陽光を掬い取り、その輪郭が淡い光を帯びて揺らめいている。
「大丈夫だ。もうちょっとで終わる。悪いな、わざわざ見張りまでしてもらって」
「そんなことありません!」
ルナは僅かに胸を張った。
「り、リアム様! そ、その変な……かわいい動物たちは何なんですか!?」
メンテナンス用の小型ロボを凝視しながら、ルナが指をさす。
「魔力は感じませんし、魔物でもないですよね? 一体、何なんですかそれ!」
「ああ、こいつらか。鎧を直すためのお手伝いだ」
『訂正。正式名称は「自律型保守ユニット」です。変な動物ではありません』
「しゃ、しゃべった……?!」
当のドローンは、驚愕するルナなど意に介した様子もなく、無機質な挙動のまま装甲の継ぎ目を淡々と走査し続けた。
「話が変わるが、ルナは金の管理はどうしてるんだ?」
Exionを弄りながら唐突に切り出す。
ルナは分厚いレンズの奥で紫色の瞳を瞬かせ、小首をかしげた。
「お金ですか?」
「あの額の金をどうすればいいか……困ってるんだ」
以前、昇級した際に受け取った依頼報酬のおかげで、ギルド倉庫を寝床にする生活から抜け出し、街の宿へ居を移すことができた。
「現金はすぐに使う分だけ持って、残りはパンビオに預けてあります」
「パンビオ?」
「ええ。両替商です。お金を預かったり、貸したりするところです。各国の貨幣も扱えます」
「……ああ、あそこか。街の中央広場の角にある」
ルナはぱっと瞳を輝かせ、Exionへ一歩身を寄せた。
「私も教えてください! こ、この魔導鎧ってどうなってるんですか?! 教えてください!」
三か月ほど行動を共にして分かったことは、ルナが殊のほか旺盛な好奇心を持っているということだ。何かにつけて「教えてください!」を始める。
「あれだ、前に話した電気ってやつで動かしている」
「でんき! 稲妻と同じって言ってたあれですか?!」
オズワルドは小さくかぶりを振り、どうすればこの話を穏便に切り上げられるかと思案した。
◇ ◇ ◇
「そういえば……リアム様、ギルドを出て、どこに泊まってるんですか?」
「俺か? 街の宿だ。南門に近いところ」
「えっ、そんなところに泊まってるんですか」
ギルドに泊まっているときからそうだったけど、リアムのような大賢者様があんな所に泊まってるなんて……。ルナはマントの端を指で弄る。色々なことを教えてほしい。というかあんな所にいたら変な虫が寄ってくるかもしれない。
「わ、わたし、北側の街はずれの家に住んでるんです。畑と森しかないところですけど、部屋が余ってて……その、よかったら家に――」
リアムは短く切ったダークブロンドの髪を掻き、少し考えてから口を開いた。
「待て。気持ちは嬉しいが、それは色々まずい」
「な、なにがまずいのでしょうか」
「色々だ。機密とか、あと……」
リアムはそびえ立つ白亜の巨鎧を見上げ、続ける。
「男と女が、一つ屋根の下ってのはな」
言われてはじめて理解した。な、なにを言ってしまっているのだ。やっぱりこんな冴えない小娘は好みじゃないのかな。自分で言うのもなんだけど、キリカに身体をほめられたことはある。
「そ、そんなこと、ありません! リアム様は危ない人じゃないです! それに、色々助けてくれますし!」
「そう言われてもな……」
リアムは肩をすくめる。
リアム様ほどの人ならすぐに素敵な人が近づいてきてしまう。というか、この間師匠がギルドで手を重ねていたのを見た。
「それに、わたし、誰にもなにも言いません! その、もう色々見ましたし」
「いったい、いつ何を見たんだ……だが、まぁあれだ。どうしても困ったときは、相談する」
紳士的な人だ、とルナは思った。
あんまりしつこいと嫌われちゃうよね。でも諦めません!
「そうですか……でも、いつでも歓迎しますから」
少しだけ肩を落とし、それでも精一杯の笑顔を作る。
「ああ。それじゃ、そろそろ戻るか」
◇ ◇ ◇
その夜、オズワルドは〈暁の道標〉の面々と木机を囲み、堅いパンを正体の知れない肉の煮込みに浸した。
口へ運びかけたところで入口の扉が勢いよく開き、細身の青年が足早に入ってくる。青年は居合わせた冒険者の視線にも構わず、受付へ一直線に進んだ。
「ギルド長殿はおられるか」
場違いなほど整った身なりとは裏腹に、その声音には余裕がない。受付嬢に案内された青年は二階へ消え、ホールの喧騒も程なく戻った。
しばらくして、リュミエールが一行の席へ来た。煮込みはまだ半分以上残っている。面倒事と温かな食事はどうにも相性が悪いらしい。
「お食事中にすみません……ギルド長がお呼びです」
ギルド長室では、先ほどの青年がヴァレリオの対面に腰掛けていた。
淡い金髪を後ろへ流し、片目には銀縁の片眼鏡。紺のマントの下には上等な黒いローブ。靴には泥がこびりつき、マントの裾も濡れている。急行してきたことは一目瞭然だった。
「宮廷魔導官、レオンハルト・ヴァインベルグ氏だ」
〈暁の道標〉の面々も席につく。ヴァレリオが先を促すと、レオンハルトは一同を見渡した。ルナへ目を向けたところで、視線が止まる。だが、すぐに口を開いた。
「早速だが、至急届けてほしいものがある」




