EP.16 剣と魔法とロジスティクス
受付と倉庫の改善によって、ブトワルの冒険者ギルドは以前より円滑に動くようになった。建物の中から怒鳴り声が減る一方、ギルドには一つの支部では解決できない問題が積み重なっていた。
ブトワル支部の会議室では、北王国北部のギルド長たちが長机を囲んでいる。
最初の議題はギルド間の輸送に関するもので、増え続ける護衛費をどう抑えるかだった。
「不足品が出るたびに臨時便を組み、その都度、護衛パーティを手配している。護衛費は去年より二割増しだ」
「依頼料を下げれば、腕の立つ冒険者が依頼を受けなくなる」
同じ街道へ別々の護衛を送り出す現状に、運用や輸送量を見直す案も出た。だが、予算と護衛報酬を巡って揉め、結論は保留となった。
二つ目は各支部が抱える在庫に関してだった。
「傷薬も保存食も足りん。討伐へ出る連中に持たせる分までなくなった。仕入れ先を増やしたい」
「待て。うちでは先月、余った薬草を荷車一台分も捨てたぞ」
「なぜ回さなかった!」
「不足していると、誰からも聞いていない。こちらの帳簿に他支部の注文まで載るわけがないだろう」
非難が飛び交い、これも仕入れ方の問題として個別に調べることになった。
三つ目の議題は街道情報の遅れだった。
魔獣が現れた翌朝、危険を知らない隣町の馬車が同じ道へ入った例が報告された。別件では、橋の崩落を知らせる早馬と荷馬車が途中ですれ違い、通行止めの前まで進んでから引き返したこともあった。
「早馬を増やすしかない。各支部に二頭ずつ追加すれば――」
「すでに増やした。報せが支部へ届いてから書状を作って次の町へ送り直していたら間に合わん」
時代も世界も違えど、情報が分断されれば、人は同じ問題を別々の問題として処理し始める。
護衛料の高騰。物資の不足と余剰。街道情報の遅延。
三つは別々の議事録に記され、それぞれの問題として持ち帰られることになった。会議が散会しかけたとき。
「ヴァレリオ、どうにかならんのか」
「どうにかなるやもしれん」
「ほう」
「ひとつ当てがある。うちには、『受付』と『倉庫』の仕組みを一から組み替えた、少々変わった新人がいてね」
◇ ◇ ◇
「何だこれは」
「北部各支部のギルド長全員が署名した正式な依頼だ」
ギルドロビーの片隅。オズワルドはヴァレリオから依頼書とともに三枚の議事録を渡された。
「今、北部各支部が抱えている問題だ。いきなりだが、原因を調べて何とかしてくれないか」
三枚の議事録にざっと目を通す。こんなのは、もはやコンサルティングの領分だ。多少は分かるかもしれないが……。オズワルドは片眉を上げ、両手を軽く広げた。
「冒険者というのはこんなことまでやるのか」
「なわけないだろう」
ヴァレリオは苦笑いを浮かべ、髭を撫でる。
『三件に共通する要素を検出。ただし、議事録のみでは因果関係の特定は困難です。各支部の在庫、輸送、街道情報の記録を照合することを推奨します』
「……結局、記録を洗うしかないか」
近くの卓には、次の依頼を吟味している、〈暁の道標〉の面々が揃っていた。オズワルドは親指で彼らのほうを示す。
帳簿を読むだけならルナがいれば足りる。だが帳簿は、書いた人間が正しく記録しているという前提でしか役に立たない。馬車がどこを走り、何を積み、何日止まっていたのかを確かめるには、現場へ行って話を聞くしかない。そうなると、オズワルドとルナだけでは手が足りなかった。
「この依頼は俺一人では解決できない。あいつらが必要だ」
ヴァレリオがふっと笑った。
「そろそろお前も〈暁の道標〉に正式加入したらどうだ」
「……まぁ、とりあえずあいつらに話してみる」
オズワルドは依頼書だけを受け取り、議事録をヴァレリオへ返した。
「引き受ける前に確認するが、各支部の帳簿と輸送記録が要る」
「ああ、何かあれば私に言えばいい」
◇ ◇ ◇
ゼッドが木杯片手に琥珀色の瞳を細め、依頼書を眺める。
「俺は構わないが、今回の依頼じゃ俺とガドルは手伝い程度しかできねぇぞ。それでもいいのか?」
「ガドルは違いますが……『愚か者でも状況次第では役に立つ』と言うでしょう」
エルウィンが皮肉たっぷりに返すと、ゼッドは「違いねぇや」と笑い、酒を飲み干した。
オズワルドと〈暁の道標〉は、正式に依頼を受諾すると、数日をかけて各支部に分断されていた帳簿を集約し、輸送の実態を洗い出した。
記録を集める、と言ってしまえば簡単なのだが、実際には支部ごとに書式が違い、同じ素材一つを取っても正式名称で記録しているところがあれば、現地で使われている俗称をそのまま書いているところもある。
さらに、重量で量る支部もあれば袋単位のところもあり、その袋の大きさすら統一されていないのだから、紙に書かれている数字をそのまま並べただけでは比較にもならない。
ルナとキリカは、記載方式の異なる在庫帳から同一品目を洗い出し、余剰を抱える支部と不足する支部を一枚の表へ整理する。
エルウィン、ゼッド、ガドルは各支部を回り、馬車の出発日、行き先、帰路の積荷を聞き取った。
集約した記録を地図へ重ねる。
「……なるほど。各支部が自分のところしか見てないのか」
『三件に共通する主要因は、支部間の情報共有不足です。現状の運用は著しく非効率と判断します』
「それなら、弄るべきは馬車の数でも報酬でもないな」
◇ ◇ ◇
「どの問題も根は同じだ。各支部が情報を個別管理してしまっている。北部全域を一つの輸送網として運用していない」
近隣支部の代表が集まる会議で、オズワルドは地図上の街道に木札を並べ、三台の馬車の駒を置いた。
「決めた日に各支部の荷を集約し、中継拠点のギルドで行き先別に積み替える。帰路にも別の荷を載せ、空荷と重複便を減らす。少ない車両でより多くの物資を動かせる」
護衛も一つのパーティに全行程を任せる必要はない。各支部が担当区間を受け持ち、中継地点で次の支部へ馬車と積荷を引き継ぐ。
「荷札と帳簿の書式も統一する。品名、数量、行き先。最低限これだけ揃えれば、どの支部でも荷を判別できる」
オズワルドは卓上の魔法陣が描かれた羊皮紙へ手を向けた。
「そして、これを使う」
「それは?」
打ち合わせ済みのヴァレリオが何食わぬ顔で問い返す。
ルナが実際に〈魔報〉を作動させると、会議室に小さなどよめきが広がった。代表たちが地図と魔法陣を見比べる。
「隣町のゴーラクプルまで、問題なく使えることは確認済みです」
ルナは誇らしげに告げた。
「各支部から、出発、到着、遅延、事故、不足品といった情報を決めた音で送る。足りない物が分かれば、次の便に載せる」
代表たちは、すぐには首肯しなかった。一人が荷札を持ち上げ、眉間に皺を刻む。
「中継するたびに荷に触れる人間が増えるだろ。途中で紛失した場合、誰が責任を負うんだ?」
「次の護衛が時間どおり来なければ、馬車は立ち往生だ。引き継ぎに失敗したとき、荷と御者を誰が守る」
いずれも、運用すれば起こり得る問題だ。責任と例外時の処理が曖昧なら、最初の事故で瓦解する。だが、設計思想の欠陥ではない。手順を詰めれば対処できる。
オズワルドは反論せず、二つの指摘を紙へ書き留めた。こういう懸念が会議で出るならむしろ都合がいい。どれも的を射ているし、実際に馬車が止まってから責任を話し合うより、一台も動かしていないうちに揉めるほうが安上がりだ。
「荷物を失った場合の責任区分と、護衛の引き継ぎに失敗した場合の手順。まずは、この二つを決めよう」




