EP.15 魔報という大発明
ルナはギルドの空き部屋を借り、〈暁の道標〉の仲間たちを集めた。音を出す魔法陣を描いた羊皮紙を、ガドルの大きな掌へ載せて部屋の反対側に立ってもらう。手元の魔法陣へ魔力を流すと、彼の持っている羊皮紙から澄んだ鈴の音が響いた。
「これは……すごいものを作りましたね」
エルウィンが青色の瞳を煌かせ、魔法陣を描いた羊皮紙を指でなぞる。
「これでもう、迷子になっても安心です!」
「また迷う気なのか?」
ゼッドはいつものように酒袋を片手に、指には巻き葉を挟んで笑っていた。
「ま、迷いません! 万一への備えです……」
語尾が弱くなったのが自分でも分かる。
リアムとエルウィンは興味深そうに、それぞれの魔法陣が描かれた羊皮紙を交互に見た。
「鳴らす回数は変えられるか?」
「はい。回数と音の長さも調整できます」
リアムは顎をさすりながら、考え込むように視線を落とした。
「使い方の話なんだが、例えば一度なら『無事』、二度なら『集合』、三度なら『危険』みたいにも音に意味を持たせることができる。さらに、短い音と長い音を組み合わせればもっと多くの情報を送れる」
ルナはポンと手を叩いた。
「なるほど! 確かに出す音に意味を持たせるのは妙案ですね」
「ええ。とても面白い考えです」
ルナが眼鏡の縁にそっと触れる横で、エルウィンもこくこくと頷く。
音に意味を与えれば、離れた場所へ言葉を運べる。言われた途端、二枚の魔法陣がまったく別のものに見え始めた。
「俺がいたところには電報という技術があった。電気を使い、同じように遠くに音で合図や報告を送る」
「……でんきで報告?」
「雷ってあるだろう? あれと同じ力を小さくして金属の中へ流す。俺の世界じゃ、そいつで明かりを灯したり、道具を動かしたりしてる。まぁ難しい話はいいんだが……」
「そんな技術があるのですね……」
言いながら、エルウィンが眉間に皺を寄せた。
やっぱりこの人は山脈の向こうにある魔族領から来た人なんだ。でも、どう見ても見た目は人間。もしかすると、魔族領の向こうにも人間が住まう土地があるのかもしれない。
「鈴以外の音も鳴らせるか?」
「音を生む部分を書き換えれば、たぶん……」
「細かな違いまで作れるなら……例えば、人の声を届けることもできるかもしれない」
「声……」
ルナの脳裏に、森で出会ったミメルが浮かんだ。喰らった人間の声を真似る生得魔術は構造が解明されていないけれど、できないと決めつける理由はないよね。
「俺は〈勇者〉を捕らえられなかった要因の一つが、連絡を取れなかったことだと考えている。この魔法があれば生活だけではなく、色々なことに活用できる」
ルナの浮かれていた気持ちが引いていく。同時に、この方はそこまで考えていたのか、と驚いた。試したい。回数、長さ、音色、声。書き留めたいことが一気に溢れた。
ルナは研究帳を開き、「迷子防止魔法」と記した題名へ二本の線を引いた。すぐ下に新しい名を書き加える。
――遠距離報告魔法陣・魔報。
考えるだけでわくわくする。今夜は眠れない。
◇ ◇ ◇
それからも、依頼をこなしながら研究を続けた。
リアムがC級に昇級した数日後。〈暁の道標〉はギルドの横の空き地に集まっていた。ガドルがつまむように掲げた羊皮紙から、ちりん、と澄んだ音が響く。
「届きました!」
五十歩、百歩と離れても鈴音は変わらない。けれど、エルウィンに街の外から〈魔報〉を送ってもらうと、うまく魔法陣が動かなかった。
さらに二人から同時に〈魔報〉を送ってもらったことで、別の問題も分かった。二つの魔法陣から同時に送ると、受け手側では合計した回数だけ音が鳴る。例えば片方が一回、もう一方が二回送れば、受け手側では三回鳴る。しかも、送り手が複数いる場合、誰から届いたものなのか区別できない。
――幾日か経ち。
ルナが街の外にいるガドルへ〈魔報〉を送ると、しばらくして彼が戻ってきた。
「ちゃんと、聞こえた」
最初のときとは違い、街の外にも届くようになった。でも……
「うーん、当たり前ですが、送ったわたしには届いたか分かりませんね……困りました」
大発明だと浮かれていたのが恥ずかしくなる。〈魔報〉は問題だらけだった。問題が分かれば、直す場所も分かります!
そこからさらに手を加えた。送る側の魔法陣ごとに異なる術式線も加え、受け手側では違う音が鳴るよう組み替える。これで、誰が送ったのか聞き分けられる。
リアムは新しい合図表を卓上へ広げた。
「送信前に短く一度鳴らして、回線が空いているか確かめる。ほかの発信と重なった場合は、割り当てられた待機時間だけ待ってから送り直す。受信側は届いた合図をそのまま打ち返し、最後に長音を一度鳴らして受信完了を知らせる」
「返ってきた音が違えば、きちんと届いていない……ということですね!」
試すたび、研究帳の課題に線が引かれていった。発信者、用件、受信確認。決めた順序を崩さなければ、二人が続けて送っても音は混ざらない。
残る壁は距離だった。魔力を強めれば羊皮紙が焦げ、魔法陣を大きくしても音は出ない。
「中継地点を作ったらどうだ?」
「中継地点?」
「ああ。発信元から受信先まで届けるのが難しいなら、中継する魔法陣を置けないのか?」
「なるほど! ありがとうございます」
リアム様はやっぱりすごい。ギルドの受付や倉庫もそうだったけど、思いもよらないところから新しい案を出してくれる。
ルナは中継用の魔法陣を使い、〈魔報〉を遠くまで届ける仕組みを設計した。中継用の魔法陣が捉えた魔力は羊皮紙に蓄えた魔力で次の魔法陣へ送り直す。初めは中継を担う魔法陣が同じ鈴音を何度も繰り返してしまい、二枚目の羊皮紙はたちまち熱を持って端から黒く縮れた。
中継を終えた後、魔力を一度断ち切る術式線を加えると、三枚の羊皮紙は順番に鈴音を鳴らした。
「できたな」
「できましたね」
横でリアムとエルウィンがにっこりと笑う。
「長距離、試してみるか」
「はい!」
◇ ◇ ◇
――ブトワルから隣町までの〈魔報〉を届ける試験の日。
街道沿いには中継用の魔法陣を何枚も置いた。ルナは息を整え、短、長、短の順に魔力を流す。隣町までは歩きで一日かかる距離だ。そこにはキリカが待っている。
待っても返事はない。失敗したのだろうか。そわそわし始めた頃、受信用の魔法陣が淡く光った。
ちりん、ちりーん、ちりん。続けて、受信を示す長いちりーん。
「返ってきました……隣町まで届きました!」
エルウィンは並んだ魔法陣を見つめ、ゆっくりと頷いた。束ねたプラチナブロンドが肩口でさらりと揺れる。
「私が知る古い魔術にも、おそらく学院の記録にも、町と町を瞬時に結ぶ魔法はありません」
「師匠……やりました!」
「ええ。よくやりましたね、ルナ」
森で助けを呼べず、困った末に生まれた魔術が、今は二つの町を結んでいる。
とんでもないものを作ってしまいました……。
笑みが勝手にこぼれ、ルナは熱くなった頬を両手で覆った。
さらに後日、リアムから、羊皮紙を二枚重ねて送信も受信もできるようにするという大胆な案をもらい、〈魔報〉は完成した。




