表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
96/154

第94話 真理亜

 楠市民夏祭りは、午後になっても大勢の来場者で賑わっていた。


 教会のバザーブースも大盛況。


「ありがとうございました!」


 栞が笑顔で商品を手渡す。


「また来てくださいね」


 凪も元気よく呼び込みを続ける。


「寄ってってやー!」


 正義は商品の補充をしながら、二人の様子を見守っていた。


 その時だった。


「……栞」


 穏やかな女性の声が響く。


 その声を聞いた瞬間。


 栞の身体がぴくりと震えた。


 笑顔がすっと消える。


 正義は思わず目を見開いた。


(今……。)


(栞さん、怯えた……?)


 振り返ると、一人の女性が立っていた。


 二十代後半ほどだろうか。


 黒髪を肩まで伸ばした、落ち着いた雰囲気の美しい女性だった。


 女性は優しく微笑む。


「久しぶりね」


 栞は少し俯いたまま、小さく頭を下げる。


「……お久しぶりです」


 その様子に、凪も違和感を覚えた。


(栞が、こんな顔するなんて……。)


 普段なら誰に対しても笑顔で接する栞。


 しかし今は、どこか緊張し、女性との距離を取ろうとしているようにも見えた。


 そこへシスター小林が歩み寄ってくる。


「あら、真理亜さん」


「お久しぶりですね」


 女性は穏やかに一礼した。


「ご無沙汰しております」


 シスター小林は正義と凪へ微笑む。


「紹介しますね」


「こちらは竜胆真理亜さんです」


「聖フェリス学園の卒業生で、在学中は学業、部活動、学校行事など、何をやっても優秀だったことで知られる、とても有名な方なんですよ」


「先生方も、今でも真理亜さんのお話をされるくらいなんです」


「えっ!?」


 正義と凪の声が重なった。


「そんなにすごい人なんですか!?」


 シスター小林は笑顔で頷く。


「はい」


「聖フェリス学園を代表する卒業生のお一人ですね」


 正義は思わず真理亜を見つめた。


(そんな人が……。)


 凪も栞へ視線を向ける。


「もしかして……」


 少しの沈黙。


 栞は静かに口を開いた。


「……姉です」


「ええっ!?」


 正義と凪の声が再び重なる。


「お姉さん!?」


 二人は真理亜と栞を見比べた。


 よく見ると、目元や柔らかな雰囲気がどことなく似ている。


 真理亜は少し照れたように笑った。


「初めまして」


「栞の姉の、竜胆真理亜です」


 正義も慌てて頭を下げる。


「初めまして」


「聖フェリス学園一年、桜木正義です」


 凪も続けて一礼した。


「日向夏凪です!」


 真理亜は二人を見て優しく微笑む。


「栞がお世話になっています」


「い、いえ!」


「こちらこそです!」


 正義が慌てて答える。


 真理亜はもう一度、栞へ視線を向けた。


「頑張っているみたいね」


 栞は小さく頷く。


「……はい」


 それだけだった。


 正義は栞の横顔を見る。


(やっぱり変だ……。)


 姉と再会したというのに、嬉しそうな様子はない。


 それどころか、どこか怯えているようにも見える。


 真理亜は静かに微笑んだ。


「後で少し、話せる?」


 栞は少しだけ間を置き、小さく頷く。


「……はい」


 真理亜はそれだけ言い残すと、人混みの中へ歩いていった。


 その姿が見えなくなっても、栞はしばらく黙ったままだった。


 正義と凪は顔を見合わせる。


 二人とも、何か事情があることだけは分かった。


 だが、その理由はまだ知らない。


 夏祭りの喧騒の中で訪れた、思いがけない再会。


 それは、竜胆姉妹が抱える過去へと繋がる、新たな物語の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ