第93話 迷子
楠市民夏祭りは、昼を過ぎても大勢の人で賑わっていた。
教会のバザーブースも相変わらずの盛況ぶりで、三人は接客に追われている。
「ありがとうございました!」
栞が笑顔で商品を手渡す。
「また寄ってってなー!」
凪も元気いっぱいにお客さんを見送る。
その時だった。
「……うぅ」
小さな泣き声が聞こえた。
三人は同時に振り向く。
会場の隅で、小さな男の子が一人、不安そうに立ち尽くしていた。
目には涙が浮かんでいる。
「迷子ですね」
栞はすぐに男の子の前へしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
優しく声を掛ける。
凪も隣へしゃがみ込む。
「大丈夫や」
「お姉ちゃんらがおるから安心し」
男の子は涙を拭きながら呟いた。
「……ママがいない」
「大丈夫ですよ」
「一緒に探しましょうね」
栞は安心させるように微笑む。
その光景を見ながら、正義はふと昔のことを思い出していた。
(そういえば……。)
(こんなこと、前にもあったな。)
中間テストが終わった日の帰り道。
商店街で出会った迷子の女の子。
あの時も、栞さんは迷わずしゃがみ込み、優しく声を掛けていた。
凪さんも、笑顔で女の子を安心させていた。
あの頃の自分は、
(優しい人たちだな。)
それくらいにしか思っていなかった。
でも今なら分かる。
(この二人は……。)
(本当に優しい人なんだ。)
困っている人を見ると、何も考えず手を差し伸べられる。
それは簡単なようで、とても難しいことだ。
だからこそ。
この二人を尊敬できる。
正義はすぐに近くのスタッフへ声を掛けた。
「迷子のお子さんです」
「場内アナウンスをお願いします」
「分かりました!」
スタッフはすぐに本部へ連絡する。
その間も栞は男の子へ優しく話しかけ続けた。
「お名前は?」
「ゆうと……」
「ゆうと君ですね」
「頑張って待ちましょう」
凪はしゃがみ込んで笑う。
「泣いとると、お母さん心配するで?」
「笑っとる顔、見せたら喜ぶわ」
男の子は少しだけ笑顔を取り戻した。
数分後。
『迷子のお知らせです――』
場内アナウンスが流れる。
それから間もなく、一人の女性が涙を浮かべながら駆け寄ってきた。
「ゆうと!」
「ママ!」
男の子は勢いよく母親へ飛び付く。
二人は強く抱き締め合った。
「よかった……」
「本当にありがとうございました」
母親は何度も頭を下げる。
栞は優しく微笑んだ。
「無事に会えて良かったです」
凪も笑顔で手を振る。
「もう迷子になったらあかんで!」
「うん!」
男の子も元気よく頷いた。
親子が手を繋いで去っていく姿を見送りながら、正義は小さく笑う。
「良かったですね」
栞も頷いた。
「はい」
「これが一番です」
凪は元気よく笑う。
「さあ!」
「仕事戻るで!」
三人は再びバザーブースへ戻っていく。
迷子を助けたことは、特別な出来事ではない。
けれど正義にとっては、もう一つ気付いたことがあった。
二人の優しさは、偶然ではない。
出会った頃からずっと変わらない、本物の優しさだった。
そのことが、正義には少しだけ誇らしく感じられた。




