第92話 開幕
八月最後の日曜日。
地域最大の催し――**『第20回 楠市民夏祭り』**当日。
朝から会場は大勢のスタッフで賑わっていた。
色とりどりのテントが並び、屋台からは美味しそうな香りが漂う。
ステージでは音響の最終確認が行われ、広場には開場を待つ市民の長い列ができていた。
教会のバザーブースでも、エンジェル部の三人が最後の準備を進めている。
「値札、確認しました」
栞が丁寧に商品を並べる。
凪は机を布巾で拭きながら元気よく笑った。
「いつでも来いやー!」
正義も段ボールを片付けながら頷く。
「これで準備完了ですね」
シスター小林は三人を見渡し、優しく微笑んだ。
「皆さん、ありがとうございます」
「それでは今日も、笑顔で頑張りましょう」
「はい!」
三人の返事が重なる。
その時だった。
「おっ、今年も来てくれたね」
聞き覚えのある声に振り返る。
そこには、楠市長が穏やかな笑顔で立っていた。
「楠市長!」
三人は揃って一礼する。
「おはようございます!」
楠市長は嬉しそうに頷いた。
「今年もエンジェル部が手伝ってくれると聞いて、楽しみにしとったんだわ」
「毎年、本当にありがとう」
栞は微笑みながら頭を下げる。
「こちらこそ、お声掛けいただきありがとうございます」
凪も元気いっぱいに笑った。
「今年も頑張ります!」
市長は正義へも視線を向ける。
「桜木君も、またよろしく頼むね」
正義は少し照れながら頷いた。
「はい」
「微力ですが、お手伝いさせていただきます」
楠市長は満足そうに笑う。
「皆さんがおると安心だわ」
「今日も市民の皆さんを笑顔にしたってちょう」
「はい!」
三人は元気よく返事をした。
楠市長は軽く手を振ると、ステージの準備へ向かって歩いていく。
その背中を見送りながら、シスター小林が優しく微笑んだ。
「市長も、皆さんをとても頼りにしてくださっていますね」
正義は少し照れくさそうに笑う。
「期待に応えられるよう頑張らないとですね」
その時だった。
会場全体へアナウンスが流れた。
『皆様、お待たせいたしました!』
『ただいまより、第20回楠市民夏祭りを開催いたします!』
会場は大きな拍手に包まれる。
「始まった!」
凪が嬉しそうに拳を握る。
次の瞬間。
待っていた人々が一斉に会場へ流れ込んできた。
「いらっしゃいませ!」
栞が笑顔で迎える。
「ごゆっくりご覧ください」
凪も負けじと元気いっぱいに呼び掛ける。
「掘り出し物いっぱいあるでー!」
「寄ってってやー!」
その明るい声につられ、次々と人が集まってくる。
「これ、いくらですか?」
「こちらは三百円です」
「ありがとうございます」
栞は一人ひとりへ丁寧に対応する。
一方の凪は、小さな子どもへぬいぐるみを見せながら笑顔を見せていた。
「これかわいいやろ?」
「触ってみ!」
子どもも嬉しそうに笑う。
正義は商品の補充や袋詰めに追われながら、その様子を眺めていた。
(すごいな……。)
栞は自然と人を安心させる笑顔を持っている。
凪はその場の空気を一瞬で明るくしてしまう。
二人の周りには、絶えず笑顔が集まっていた。
(やっぱり二人とも……。)
(すごい。)
思わず見惚れてしまう。
その時だった。
「正義!」
「はい!」
凪がじっと正義を見つめる。
「何ぼーっとしてるの!」
「お客さん待っとるで!」
「えっ!?」
慌てて振り向くと、会計を待つお客さんが苦笑していた。
「す、すみません!」
正義は慌てて袋詰めを始める。
栞が心配そうに顔を覗き込んだ。
「桜木君」
「最近、ぼーっとしていることが多いですね」
「熱中症ではありませんか?」
「大丈夫ですか?」
正義は思わず苦笑する。
「だ、大丈夫です」
「少し考え事をしていただけです」
すると凪が吹き出した。
「ちゃうちゃう!」
「あれは見惚れとる顔や!」
「えっ?」
栞はきょとんと首を傾げる。
「そうなんですか?」
「ち、違います!」
正義は慌てて首を横に振る。
「違いますから!」
凪はお腹を抱えて笑い出した。
「あははは!」
「分かりやす!」
栞はまだ状況がよく分かっていない様子で、不思議そうに正義を見る。
「でも、本当に大丈夫ですか?」
「少し顔が赤いですよ?」
「だから違いますって!」
三人のやり取りに、お客さんたちからも笑い声が上がる。
こうして教会のバザーブースは、開店直後から大盛況。
地域最大の夏祭りは、多くの笑顔とともに幕を開けたのだった。




