第89話 大輪の花
屋台を巡り、夏祭りを満喫した三人は、河川敷の観覧席へやって来ていた。
夜風が心地よく吹き抜ける。
辺りには大勢の人が集まり、誰もが夜空を見上げていた。
「もうすぐや!」
凪は待ちきれない様子で笑う。
「楽しみですね」
栞も嬉しそうに空を見上げた。
そして――。
ドォォォン――。
腹の底まで響く大きな音。
一輪の花火が夜空いっぱいに咲き誇った。
「わぁ……!」
二人の声が重なる。
赤。
青。
金色。
色鮮やかな花火が、次々と夜空を彩っていく。
「すごい!」
「めっちゃ綺麗や!」
凪は子どものように目を輝かせていた。
一方の栞は、夜空を静かに見上げている。
打ち上がる花火が瞳に映り込み、その横顔はどこか幻想的だった。
正義は思わず二人を見つめる。
(……。)
花火に夢中になっている凪。
無邪気にはしゃぐ笑顔は、いつも以上に眩しかった。
そして栞。
花火を見上げる穏やかな表情は、普段より少しだけ大人びて見える。
(……綺麗だな。)
思わず見惚れてしまう。
(いやいやいや!)
(僕は花火を見に来たんだろ!)
慌てて夜空へ視線を向ける。
だが。
気付けば、また二人の横顔を見てしまっていた。
その時だった。
凪がくるりと振り返る。
「正義!」
「はい!」
反射的に返事をする。
凪はじーっと正義を見つめた。
「ちゃんと花火見てる?」
栞も小さく笑う。
「桜木君」
「先ほどから、私たちばかり見ていませんか?」
正義の心臓が跳ねた。
「えっ!?」
「そ、そんなことありません!」
「ちゃんと見てます!」
二人は顔を見合わせる。
そして、声を揃えた。
「ほんとですか?」
「ほんとです!」
必死に答える正義。
その様子がおかしくて、二人は思わず吹き出した。
「ふふっ」
「あははは!」
その笑い声と重なるように、
ドォォォォン――!
この日一番大きな花火が夜空へ打ち上がる。
三人は自然と言葉を失い、同時に夜空を見上げた。
大輪の花が、夜空いっぱいに咲き誇る。
赤、青、金、紫。
色とりどりの光が、夏の夜を鮮やかに染め上げていく。
「……綺麗。」
栞が静かに呟く。
「ほんまやな……。」
凪もいつになく穏やかな声だった。
正義も小さく頷く。
「はい。」
「本当に綺麗です。」
三人はしばらく何も話さなかった。
ただ夜空を見上げ、咲いては消えていく大輪の花を目に焼き付ける。
やがて最後の一発が夜空を照らし、大きな拍手が会場を包んだ。
「終わっちゃったなぁ。」
凪が少し寂しそうに笑う。
栞も優しく微笑んだ。
「でも、とても素敵な夏祭りでした。」
正義は二人の笑顔を見つめ、静かに頷く。
「そうですね。」
「また一つ、忘れられない思い出ができました。」
屋台を歩いたこと。
笑い合ったこと。
浴衣姿で過ごしたこと。
そして、三人で見上げた大輪の花。
今年の夏は、きっと何年経っても思い出す。
三人だけの、かけがえのない夏の思い出として。




