第87話 浴衣
花火大会の数日前。
エンジェル部の活動を終えた三人は、教会から駅へ向かって歩いていた。
その時だった。
「そうや!」
凪が突然、何かを思い出したように声を上げる。
「花火大会の浴衣、買いに行こ!」
栞も嬉しそうに頷いた。
「いいですね」
「私も新しい浴衣が欲しいと思っていました」
二人は同時に正義を見た。
その視線だけで、正義には全てを悟ってしまう。
「……まさか」
「桜木君も来てくださいますよね?」
「荷物持ち兼、意見係!」
凪が満面の笑みで言う。
正義は静かに目を閉じた。
「またですか……」
「ん?」
凪が首を傾げる。
「水着選びの時に学びました」
「僕に選ばせても、誰も幸せになりません」
栞は思わず笑ってしまう。
「今回は大丈夫ですよ」
「浴衣ですから」
(その『大丈夫』が、一番信用できないんですが……)
数日後。
三人はショッピングモールの呉服売り場へ来ていた。
「これかわいい!」
「栞!」
「こっちも見て!」
「本当ですね」
「こちらの柄も素敵です」
二人はあちらこちらの浴衣を手に取り、楽しそうに見比べている。
一方の正義はというと――。
「正義!」
「これ持っといて!」
「桜木君、こちらもお願いします」
「……はい」
気付けば両手いっぱいの紙袋。
(やっぱりこうなりました。)
さらに、
「あっ!」
「この巾着かわいい!」
「下駄も見ましょう!」
「帯も合わせてみたいです」
終わる気配がない。
正義は遠い目をした。
(今日は何時間コースなんでしょう……)
一時間後。
「よし!」
「試着しよ!」
二人は試着室へ入っていく。
しばらくすると、カーテンが開いた。
「正義!」
凪が元気よく姿を見せる。
「どう?」
続いて反対側のカーテンも開く。
栞が少し照れくさそうに姿を現した。
「こちらは……どうでしょうか?」
淡い水色の浴衣を着た凪。
白地に朝顔が描かれた浴衣の栞。
二人は同時に首を傾げた。
「どっちがいい?」
正義は思わず息を呑んだ。
(……綺麗だ。)
(凪さんは、夏らしくて明るい雰囲気がそのまま浴衣にも出てる。)
(元気いっぱいって感じで、すごく似合ってる。)
(栞さんは……。)
(落ち着いた雰囲気で、まるで大和撫子みたいだ。)
(同じ浴衣なのに、こんなに印象が違うんだな……。)
思わず二人に見惚れてしまう。
(……いやいやいや!)
(僕は何を真面目に見惚れてるんだ!)
(落ち着け、桜木正義。)
二人は期待に満ちた表情で待っている。
「どっち?」
正義は真面目な顔で答えた。
「二人とも、それぞれ違う魅力があって、とてもお似合いです」
「以上です」
一瞬、静寂が流れる。
凪は腕を組んでため息をついた。
「逃げたなぁ」
栞も苦笑する。
「もう少し具体的にお願いします」
「具体的に……ですか?」
「はい」
「具体的に」
正義は少し考え込んだ。
「えっと……」
「凪さんは明るく元気な雰囲気が浴衣にも出ていて、夏らしくてすごくお似合いです」
「栞さんは落ち着いた雰囲気で、大和撫子という言葉がぴったりで――」
そこまで言った時だった。
凪と栞は顔を見合わせる。
「……なんか。」
凪が苦笑する。
「ちょっと変態みたいでキモい。」
「おいいい!」
正義は思わず大声を上げた。
「具体的にって言ったのはそっちじゃないですか!」
栞も笑いを堪えながら口元を押さえる。
「すみません……」
「でも、そんなに真面目に分析されると、少し恥ずかしくて……」
正義は大きくため息をついた。
「だから最初から言ったんです」
「僕に聞かない方がいいって……」
凪はお腹を抱えて笑い出す。
「あははは!」
「やっぱ正義、おもろいわ!」
栞も優しく笑う。
「桜木君らしいですね」
正義は肩を落としながら苦笑した。
花火大会はまだ始まっていない。
それでも三人の笑い声は、夏の始まりを告げる祭囃子よりも賑やかに、ショッピングモールへ響いていた。




