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第83話 水着選び

 病院慰問を終えた数日後。


 その日は久しぶりに、エンジェル部の活動が休みだった。


 教会の前で解散しようとした時だった。


「そうや!」


 凪が突然、両手を叩く。


「せっかくの夏休みやし、プール行こ!」


 栞も嬉しそうに頷いた。


「いいですね」


「私も久しぶりに行ってみたいです」


 二人の視線が同時に正義へ向く。


「桜木君はどうですか?」


「僕は別に……」


「決まり!」


 凪が満面の笑みを浮かべる。


「決まってません」


「まずは水着買いに行こ!」


「聞いてください……」


 こうして正義は、半ば強引にショッピングモールへ連れて来られてしまった。


 しかし――。


 正義はまだ知らなかった。


 本当の試練は、水着売り場ではなく、その前に待ち受けていることを。


 モールへ入った瞬間だった。


「あっ!」


 凪が足を止める。


「この雑貨屋さん、めっちゃかわいい!」


「ちょっと見るだけ!」


「水着じゃないんですか?」


「その前に!」


 凪は栞の腕を引っ張る。


「栞、行こ!」


「はい」


 二人は楽しそうに店へ入っていった。


「これかわいない?」


「本当ですね」


「このキーホルダーも素敵です」


 楽しそうに笑い合う二人。


 一方その頃。


 正義は入口で静かに待機していた。


「……まだですか」


「もうちょっと!」


 その一言から十五分。


 ようやく店を出たと思えば、


「あっ!」


「サンダル見よ!」


 さらに帽子。


 アクセサリー。


 髪飾り。


 日焼け止め。


「栞!」


「こっちもかわいい!」


「本当ですね!」


「正義!」


「荷物お願い!」


「……はい」


 紙袋は一つ、また一つと増えていく。


 一時間ほど経った頃。


 凪が満足そうに伸びをした。


「よし!」


「じゃあ水着見よか!」


 正義はゆっくりと顔を上げる。


「…………」


「まだ水着見てなかったんですか」


 凪と栞は顔を見合わせた。


「えー!」


「いいやん!」


 凪がけらけら笑う。


「すぐ終わるから!」


 栞も少し申し訳なさそうに微笑んだ。


「つい、あれもこれも気になってしまって……」


 正義は小さくため息をつく。


「そういう問題じゃない気がするんですが……」


 二人は笑いながら水着売り場へ歩いていく。


 ようやく到着した店内には、色とりどりの水着が並んでいた。


「これかわいい!」


「こちらも素敵ですね」


 しばらくして、試着室のカーテンが開く。


「正義!」


 凪が元気よく姿を見せた。


「どう?」


 反対側では、栞も少し恥ずかしそうに姿を見せる。


「こちらは……どうでしょうか?」


 二人は同時に首を傾げる。


「どっちがいい?」


 正義は思わず息を呑んだ。


(えっ……)


(凪さん、普段から運動してるから身体がすごく引き締まってる……)


(健康的で、すごく似合ってるな……)


(栞さんは……)


(すらっとしていて、まるでモデルさんみたいだ……)


(いやいやいや!)


(僕は何を真面目に観察してるんだ!)


 慌てて頭を振る。


(落ち着け、桜木正義。)


(これは感想を聞かれているだけだ。)


(冷静に答えれば大丈夫……)


 二人は期待に満ちた眼差しで見つめている。


「どっちがいい?」


「…………」


 正義は真顔で答えた。


「どっちも似合います」


「以上です」


 一瞬、静寂が流れる。


 凪はじっと正義を見つめた。


「……それ、聞きたい答えちゃうねん」


 栞も少しだけ頬を膨らませる。


「もう少し具体的な感想をいただけませんか?」


 正義は心の中で静かにため息をついた。


(……やっぱり、こうなりますよね。)


「では改めて」


「お二人とも、とてもお似合いです」


「だから!」


「そこじゃない!」


 二人の声がぴったり重なった。


 店内には思わず笑いが広がる。


 結局、その後も試着は何度も続き、正義は究極の二択を延々と迫られることになった。


 買い物が終わる頃には、正義はすっかり疲れ切っていた。


「プールへ行く前に、体力を使い切りました……」


 その姿を見て、栞と凪は顔を見合わせる。


 そして、また楽しそうに笑い合った。


 誰かのために汗を流すボランティアも大切な時間。


 けれど、こんな何気ない夏休みの一日もまた、三人にとってかけがえのない青春の思い出になっていくのだった。

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