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第80話 勇気

 小児病棟での交流も終わりの時間が近付いていた。


 プレイルームでは、子どもたちの笑い声が響いている。


 その中で、一人だけ静かに窓の外を眺めている男の子がいた。


 凪はそっと隣へ腰を下ろす。


「どうしたん?」


 男の子は少し黙った後、小さな声で答えた。


「……明日、手術なんだ」


 凪は驚くことなく、静かに頷いた。


「そっか」


「怖い?」


 男の子は俯いたまま、小さく頷く。


「うん」


「痛いのも嫌だし……」


「ちゃんと目が覚めるのかなって、考えちゃう」


 震える声だった。


 凪はしばらく何も言わなかった。


 ただ、その子の隣に座り続ける。


 そして、自分の胸へそっと手を当てた。


「うちもな」


「何回も手術したことあるんよ」


 男の子がゆっくり顔を上げる。


「ほんと?」


「ほんまや」


「生まれつき心臓が悪くてな」


「小さい頃から何回も入院したし、手術もした」


 凪は少し照れくさそうに笑った。


「手術室へ行く時なんか、怖くて泣いたこともあるで」


「逃げたいって思ったこともある」


 男の子は真剣な表情で話を聞いている。


「でもな」


 凪は優しく微笑んだ。


「勇気って、怖くないことやないんよ」


「怖くても、一歩前へ進むことなんや」


「泣いてもええ」


「怖いって言うてもええ」


「それでも頑張ろうって思えたら、それが勇気や」


 男の子は少し考え込み、小さく尋ねた。


「……お姉ちゃんは、頑張れた?」


 凪は笑顔で頷く。


「うん」


「周りのみんなが支えてくれたからな」


 そう言って、その場で軽く両手を広げた。


「見てみ」


「今、こんなに元気やろ?」


 男の子は思わず笑顔になる。


「うん」


「すごく元気」


「せやろ?」


「だから大丈夫」


「明日の手術が終わったら、またいっぱい遊べる日が来る」


 男の子はゆっくりと頷いた。


「……うん」


「僕、頑張る」


 凪は優しくその子の頭を撫でる。


「えらい」


「応援しとるからな」


 その時だった。


 男の子が小さく右手を差し出した。


「約束」


「手術、頑張る」


 凪は嬉しそうに微笑み、その小さな手をしっかり握る。


「約束や」


 二人は笑顔で指切りを交わした。


 少し離れた場所から、その様子を見守っていた栞が静かに微笑む。


「凪ちゃんだからこそ、あの子へ届けられた言葉ですね」


 正義も頷いた。


「励ましているんじゃない」


「自分が乗り越えてきたからこそ、『大丈夫』と言えるんですね」


 病気の痛みは消えない。


 手術への恐怖も簡単にはなくならない。


 それでも、誰かの経験は、誰かの勇気になる。


 凪が手渡した小さな勇気は、男の子の胸の中で、明日へ踏み出す力へと変わっていくのだった。

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