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第6話 相談者

 エンジェル部へ仮入部して数日。


 正義は早くも後悔していた。


「暇だ……」


 机へ突っ伏しながら呟く。


 窓の外では運動部の掛け声が聞こえる。


 夕日が差し込む部室。


 静かな空間。


 悪くはない。


 悪くはないのだが。


「活動しないんですか」


 正義は向かいに座る栞へ尋ねた。


 栞は書類を整理する手を止める。


「活動していますよ?」


「どこが」


「部室の整理です」


「それ活動なんですか」


「活動です」


 真顔だった。


 正義はため息を吐く。


 これなら帰宅部の方が忙しい。


「依頼とかないんですか」


「ありません」


「堂々と言うな」


「今は平和ということです」


「部活としては危機的状況では?」


 その通りだった。


 部員は二人。


 しかも片方は仮入部。


 顧問はいない。


 活動依頼もない。


 よく存続しているものだと思う。


 栞は困ったように笑った。


「否定できません」


「ですよね」


 そんな時だった。


 コンコン。


 不意に部室の扉が叩かれる。


 二人は同時に顔を向けた。


「どうぞ」


 栞が声を掛ける。


 すると扉がゆっくり開いた。


「失礼しますー」


 聞こえてきたのは明るい声だった。


 入ってきたのは一人の少女。


 肩まで伸びた髪。


 健康的に日焼けした肌。


 活発そうな笑顔。


 見るからに運動部という雰囲気だった。


「ここがエンジェル部で合ってます?」


 柔らかな京都弁だった。


 正義も知っている顔だった。


「日向夏」


 思わず名前が出る。


 少女はにっと笑った。


「お、桜木やん」


「ちゃんと覚えてくれてたんやな」


「同じクラスですから」


 正義は呆れたように言う。


「忘れる方が難しい」


「それもそうやな」


 凪は楽しそうに笑った。


 日向夏凪。


 正義や栞と同じ二年二組のクラスメイトだった。


 明るくて誰とでも話せる人気者。


 休み時間の中心にいるような存在である。


 洛内育ちの生粋の京都人としても有名で、誰とでも距離が近い。


 陸上部のエースとしても知られていた。


 体育祭では毎年リレーの中心選手。


 学年で知らない者はいない。


 もっとも。


 少し前に突然退部したことも有名だった。


 理由は誰も知らない。


 様々な噂が流れていたが、本人はいつも通り明るく振る舞っている。


 だから余計に不思議だった。


「日向夏さん」


 栞が立ち上がる。


「どうしたんですか?」


「ちょっと相談があってな」


 凪は頭を掻きながら笑った。


「相談?」


「せや」


 そして。


 少しだけ気まずそうな顔になる。


「勉強教えてほしいんや」


 一瞬。


 部室が静まり返った。


「勉強?」


 栞が首を傾げる。


「勉強」


 凪は真顔で頷く。


「次のテストがな」


「めっちゃやばい」


「ほんまにやばい」


「笑えへんくらいやばい」


 どうやら深刻らしい。


 栞は思わず苦笑した。


「そうなんですか?」


「そうなんや」


「このままやと補習コースや」


「助けてください竜胆様」


 凪は両手を合わせた。


 栞は困ったように笑う。


 そして優しく頷いた。


「分かりました」


「一緒に頑張りましょう」


「ほんま!?」


 凪の顔がぱっと明るくなる。


「やった!」


「助かったわ!」


 飛び跳ねそうな勢いだった。


 そして次の瞬間。


 当然のように正義を見る。


「桜木も教えてくれるん?」


「嫌です」


 即答だった。


「なんでや!」


「面倒だから」


「最低やな!」


「失礼だな」


「同じクラスやのに!」


「そうでしたね」


「今思い出したみたいに言うな!」


 凪が抗議する。


 正義は面倒そうに顔を逸らした。


 だが。


 栞はどこか楽しそうだった。


 静かだった部室が、一気に賑やかになったからだ。


 凪はそんな栞を見る。


「竜胆って、学校やともっと近寄りがたい感じや思ってたわ」


「そうですか?」


「うん」


「もっとお嬢様って感じ」


「今もお嬢様ですよ」


 正義が言った。


「何ですかその言い方」


「否定はしないんですね」


 凪が笑う。


 その笑い声につられるように、栞も笑った。


 静かだった部室に笑い声が響く。


 その様子を見ながら。


 正義は嫌な予感を覚える。


 この京都娘。


 絶対に騒がしい。


 そしてきっと。


 面倒事を運んでくるタイプだ。


 そんな予感しかしなかった。

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