第5話 強制入部
翌日の放課後。
正義は深いため息を吐いていた。
理由は目の前にいる。
竜胆栞である。
「桜木君」
「今日も来てくれましたね」
「連れて来られただけです」
正義は隣を見る。
そこには松田がいた。
「ほら」
「ちゃんと来ただろ」
「先生が連行したんですよね」
「細かいことは気にするな」
細かくなかった。
かなり重要な部分だった。
しかし松田は全く気にしていない。
正義は諦めたように肩を落とした。
そして今日もまた。
エンジェル部の部室に座っていた。
窓から差し込む夕日。
古い机。
静かな空間。
昨日と変わらない景色だった。
違うのは。
栞の機嫌がやたらと良いことくらいである。
「それで」
正義は口を開いた。
「今日は何ですか」
「入部です」
「帰ります」
即答だった。
立ち上がろうとした瞬間。
「待ってください!」
栞が慌てて立ち上がる。
逃がさないという強い意志を感じた。
正義は嫌な予感しかしなかった。
「昨日も言いましたよね」
「僕は入るなんて一言も――」
「桜木」
松田が割り込む。
「何ですか」
「留年したいか?」
正義は黙った。
それは反則だった。
弱点を突かれた気分である。
「進級はしたいです」
「なら活動実績が必要だ」
「ぐっ……」
「部活だな」
嫌な笑みだった。
絶対に楽しんでいる。
「横暴だ」
「教育的指導だ」
「言い方変えただけじゃないですか」
松田は笑うだけだった。
味方になる気はまるでないらしい。
正義は今度は栞を見る。
すると。
栞は少しだけ背筋を伸ばした。
「その……」
「エンジェル部は楽しいですよ」
「説得が下手だな」
「うっ」
栞が固まる。
「楽しいですし」
「地域の人にも喜ばれますし」
「仲間もできますし」
「今いないじゃん」
「これからです!」
力強かった。
だが説得力はなかった。
正義は思わず吹き出しそうになる。
昨日から思っていたが、この人は少し不器用だ。
学園中の人気者という評判とのギャップが激しい。
「お願いします」
栞は頭を下げた。
「仮でもいいですから」
「一緒に活動してください」
真剣な声だった。
正義は言葉に詰まる。
そこまでされると弱い。
昔からそうだった。
頼まれると断り切れない。
だから面倒事に巻き込まれる。
そして今も巻き込まれている。
「……はぁ」
大きくため息を吐いた。
観念した。
「仮入部だからな」
栞が顔を上げる。
「え?」
「仮入部」
「やめたくなったらやめる」
数秒。
栞は固まっていた。
意味を理解するまで時間が掛かったらしい。
そして。
「本当ですか!?」
ぱっと表情が明るくなる。
まるで子供みたいだった。
「声大きい」
「すみません!」
全然反省していなかった。
むしろ嬉しそうだった。
その笑顔を見ていると、こちらまで調子が狂う。
松田も満足そうに頷いた。
「よし」
「決まりだな」
「勝手に決められた気がする」
「気のせいだ」
「絶対違う」
だが今さらだった。
こうして。
桜木正義はエンジェル部へ仮入部することになった。
留年回避のため。
ただそれだけのつもりだった。
人助けにも。
ボランティアにも。
仲間作りにも。
興味はない。
少なくとも今は、そう思っていた。
この時の正義はまだ知らない。
この部活が、自分の高校生活を大きく変えることになることを。
そして。
栞もまた知らなかった。
この日から始まる日々が、自分にとってかけがえのないものになることを。
それはまだ。
少し先の話だった。




