第4話 再会
その日の放課後。
正義はいつも通りマンションへ帰っていた。
学校から徒歩十分ほど。
築年数はそれなりだが、家賃の安さだけが取り柄のワンルームだった。
高校入学と同時に借りた部屋である。
地元を離れ、一人暮らしを始めてから一年。
今ではすっかり慣れていた。
靴を脱ぐ。
制服の上着を椅子へ掛ける。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、一気に飲み干した。
そして、そのままベッドへ倒れ込む。
「疲れた……」
思わず呟いた。
別に何かをしたわけではない。
それなのに妙に疲れていた。
原因は分かっている。
エンジェル部だ。
正確には竜胆栞である。
「面倒な人だったな……」
思い返す。
見学だけ。
少しだけ。
お願いします。
お願いします。
帰ろうとするたびに引き止められた。
最後の方はほとんど懇願だった。
あそこまで必死に頼まれると、逆に断りづらい。
「いや、断ったけど」
正義は天井を見上げた。
ボランティア。
人助け。
募金活動。
福祉施設訪問。
どれも自分とは無縁の世界だった。
正直に言えば面倒臭そうである。
その感想は今も変わらない。
ただ。
栞のことだけは少し気になっていた。
学年でも有名なお嬢様。
成績優秀。
容姿端麗。
品行方正。
そんな評判は知っている。
だが今日会った栞は、どちらかと言えば不器用だった。
必死だった。
そして少し変わっていた。
「何か変な人だな」
正義は小さく呟く。
その時だった。
ふと違和感がよぎる。
どこかで会ったことがあるような気がした。
初めてまともに話したはずなのに。
なぜか引っ掛かる。
思い出せそうで思い出せない。
「気のせいか」
正義は考えるのをやめた。
どうせ大したことではない。
そう結論付けると目を閉じる。
そして数分後には、その違和感ごと忘れていた。
一方その頃。
栞の部屋では。
「はぁ……」
栞がベッドへ倒れ込んでいた。
顔を枕へ埋める。
しばらく動かない。
やがて小さく唸った。
「覚えてなかった……」
少しだけ。
本当に少しだけショックだった。
もちろん予想はしていた。
入学式の日。
あの出来事は正義にとって些細なことだったのだろう。
困っていた女子生徒を助けた。
ただそれだけ。
けれど栞にとっては違った。
嫌なら嫌と言え。
その言葉は今でも覚えている。
だからこそ。
少しくらい覚えていてほしかった。
「知り合いでしたっけ、だもんなぁ……」
思い出すだけで少しへこむ。
栞は枕へ顔を押し付けた。
もちろん責めるつもりはない。
覚えていなくても仕方ない。
それでも。
少しくらいは期待してしまっていた。
しばらくして。
栞は身体を起こした。
机の上にはエンジェル部の資料が積まれている。
活動記録。
予算表。
地域ボランティアの予定表。
部員名簿。
もっとも。
その部員名簿に書かれている名前は一人だけだった。
竜胆栞。
それだけ。
顧問もいない。
部員もいない。
廃部は目前。
だからこそ。
諦めるわけにはいかなかった。
栞は部員名簿を見つめる。
そして空欄になっている二人目の欄へ視線を落とした。
「絶対に入ってもらうんだから」
小さく拳を握る。
今日会って改めて思った。
やっぱりあの人は気になる。
ずっと話してみたかった。
そして。
できればエンジェル部にも入ってほしい。
そう思った。
翌日。
ホームルーム終了後。
帰り支度をしていた正義の前へ、一人の少女が立つ。
「桜木君」
聞き覚えのある声だった。
正義は嫌な予感を覚えながら顔を上げる。
そこには満面の笑みを浮かべた栞が立っていた。
「今日も部室へ来てくれますよね?」
「来ません」
「来てください」
「嫌です」
「お願いします」
「即答だな」
「桜木君もです」
周囲のクラスメイトたちが不思議そうな顔で二人を見ている。
学園の人気者である竜胆栞が、自ら男子へ話しかけている。
それだけでも十分に珍しい光景だった。
まして相手は桜木正義である。
教室の隅にいることが多く、友人付き合いもほとんどない男子生徒。
何人かは興味深そうにこちらを見ていた。
そんな視線にも気付かず。
栞は真っ直ぐ正義を見つめていた。
その目を見た瞬間。
正義は悟る。
どうやらこの人は本気らしい。
非常に面倒なことになった。
そんな予感しかしなかった。




