第3話 廃部寸前
結局。
正義は帰れなかった。
帰ろうとするたびに栞が引き止めるからである。
しかも妙に必死だ。
ここまでされると逆に気になる。
何がそこまで彼女を駆り立てているのだろうか。
正義は観念して椅子へ座り直した。
その様子を見て、部屋の隅で腕を組んでいた松田が満足そうに頷く。
「よし」
「座ったな」
「観察対象ですか僕は」
「似たようなもんだ」
失礼な教師である。
正義はため息を吐いた。
「で」
「何なんですか、この部活」
栞の顔がぱっと明るくなる。
「エンジェル部です」
「それは見れば分かります」
「人助けをする部活です」
「ざっくりしてるな」
栞は少し考え込んだ。
そして改めて説明を始める。
「地域清掃をしたり」
「福祉施設を訪問したり」
「募金活動をしたり」
「地域のお祭りを手伝ったり」
「学校行事のお手伝いもします」
「ボランティア部って言った方が早くないですか」
「正式名称がエンジェル部なんです」
「誰が付けたんだろう」
「初代部長です」
「センスあるな」
「ないですか?」
「ないと思います」
栞は少しだけ頬を膨らませた。
どうやら気に入っているらしい。
正義にはよく分からなかった。
「それで?」
「部員は?」
聞くまでもなかった。
部室には三人しかいない。
そのうち一人は教師である。
「私だけです」
「知ってた」
「言わせてください」
「どうぞ」
栞は軽く咳払いをした。
「現在の部員は私一人です」
「去年までは先輩方もいたんですけど……」
少し寂しそうに笑う。
「私は一年生で入部したんですが、同級生は誰も入部しませんでした」
「二年生も入部しなくて」
「三年生の先輩方だけだったんです」
「ああ」
正義は何となく察した。
「卒業したんですね」
「はい」
栞は頷く。
「だから今は私一人です」
「よく残ってるな」
「残ってます」
「奇跡じゃん」
「頑張ってます」
栞は胸を張った。
正義は呆れたように眉をひそめる。
「顧問は?」
すると栞の表情が少し曇った。
「四月からいません」
「はい?」
「前の顧問の先生が別の学校へ赴任したんです」
「ああ」
正義は納得する。
教師の異動は珍しくない。
「じゃあ新しい顧問は?」
「決まってません」
「決まってない?」
「決まってません」
栞は申し訳なさそうに答えた。
正義は数秒考える。
そして。
「絶対絶命じゃん」
即答だった。
栞が胸を押さえる。
「言葉が鋭いです……」
「いや鋭くないでしょ」
正義は真顔だった。
「部員一人」
「顧問なし」
「後任未定」
「どう考えても終わってます」
「終わってません!」
栞が慌てて反論する。
「まだ活動してます!」
「活動してるだけです」
「うっ」
反論できない。
松田が吹き出した。
「正論だな」
「先生はどっちの味方なんですか」
「面白い方」
「最低だ」
正義は呆れた。
だが事実だった。
部員不足。
顧問不在。
後任未定。
どう考えても崖っぷちである。
「それでも」
栞は言った。
先ほどまでの弱気な表情は消えていた。
「私は続けたいんです」
正義は顔を上げる。
真っ直ぐな目だった。
「何でですか」
「好きだからです」
即答だった。
「好き?」
「はい」
栞はしっかりと頷く。
「人助けが好きなんです」
「変わってるな」
「よく言われます」
「否定しないんだ」
栞は少しだけ笑った。
「困っている人がいて」
「その人が笑顔になってくれると嬉しいんです」
「ありがとうって言われると嬉しいですし」
「言われなくても、その人が助かるならそれでいいかなって」
どこまでも真っ直ぐだった。
正義には理解できない。
見返りはない。
面倒も多い。
時間だって取られる。
それなのに続けたいと言う。
「損な性格ですね」
「そうかもしれません」
栞は否定しなかった。
「でも」
そこで一度言葉を区切る。
「昔、私も助けてもらったことがあるんです」
正義は眉をひそめた。
「だから今度は私が誰かを助けたいんです」
静かな声だった。
けれど、その言葉には不思議な重みがあった。
もちろん。
正義は気付かない。
その『助けてもらった人』が自分自身であることに。
正義は少しだけ黙る。
変な人だと思った。
真面目過ぎる。
お人好し過ぎる。
放っておいたら騙されそうだ。
だけど。
嫌いではなかった。
むしろ少し興味が湧いた。
何かをここまで真っ直ぐ好きだと言える人間を、正義はあまり知らない。
「どうだ桜木」
松田が口を開く。
「少しは興味出たか?」
「全然」
「即答かよ」
「でも」
正義は栞を見る。
そして少しだけ肩を竦めた。
「部長は面白い人ですね」
一瞬。
栞が目を丸くした。
それから。
少しだけ嬉しそうに笑った。
「褒め言葉として受け取っておきます」
「好きにしてください」
正義はそう言って立ち上がる。
今日は帰る。
そのつもりだった。
だが扉へ向かう途中で、ふと足を止めた。
そして振り返る。
「ちなみに」
「はい?」
「廃部まであとどれくらいなんですか」
栞は驚いた顔をした。
松田も少しだけ口元を緩める。
正義自身も気付いていなかった。
少なくとも、完全に興味がないわけではなくなっていたことに。
面倒な部活だ。
面倒な部長だ。
だけど。
本当に少しだけ。
明日も来てみてもいいかもしれない。
そんなことを考えてしまった自分に、正義は小さくため息を吐いたのだった。




