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第2話 エンジェル部

 放課後。


 正義は重い足取りで校舎を歩いていた。


 隣には松田。


 逃げようと思えば逃げられた。


 だが、逃げたところで明日また呼び出されるだけである。


 それなら一度見てから断ればいい。


 そう思っていた。


「まだ着かないんですか」


「もうすぐだ」


「遠い」


「文句が多いな」


 正義はため息を吐いた。


 向かっているのは旧校舎だった。


 生徒の利用も少なく、普段はほとんど人が来ない場所である。


 ますます嫌な予感しかしない。


 やがて松田が一つの扉の前で立ち止まった。


 古びた木製のプレート。


 そこにはこう書かれていた。


 ――エンジェル部。


「入れ」


「嫌です」


「入れ」


「嫌です」


「入れ」


「横暴だ」


 押し問答の末。


 結局、松田に背中を押される形で部室へ入ることになった。


 中は思ったより広かった。


 古いソファ。


 本棚。


 長机。


 窓際には観葉植物。


 旧校舎とは思えないほど綺麗に片付いている。


 どこか落ち着く空間だった。


 そして。


 部屋の中央に一人の少女が座っていた。


 長い黒髪。


 整った顔立ち。


 どこか上品な雰囲気。


 学年でも有名な人物だった。


 正義でも知っている。


 竜胆栞。


 成績は常に学年上位。


 教師からの信頼も厚い優等生。


 誰にでも優しく、困っている人を放っておけないことで知られている。


 男子からの人気も高く、学園のマドンナと呼ぶ者もいた。


 もっとも。


 正義からすれば遠い世界の住人である。


 関わることなどないと思っていた。


「栞」


 思わず名前が出た。


 少女は顔を上げる。


 そして。


 ぱっと表情を明るくした。


「桜木君」


 嬉しそうだった。


 あまりにも嬉しそうだった。


 正義は少し戸惑う。


 そんなに親しかった記憶がない。


「知り合いでしたっけ」


 その瞬間。


 栞の笑顔が少しだけ固まった。


「あ……」


「いや、その……」


 慌てて言葉を探す。


「同じクラスだから」


「ああ」


 なるほど。


 確かに同じクラスだった。


 それ以上でも以下でもない。


 栞は小さく苦笑した。


 覚えていないだろうとは思っていた。


 それでも少しくらいは期待していたのだ。


 だから少しだけショックだった。


 もちろん表には出さない。


「とりあえず座れ」


 松田が空いている椅子を指差した。


 正義は腰を下ろす。


 部屋を見回した。


 誰もいない。


 本当に誰もいない。


「他の部員は?」


「いません」


「はい?」


「私だけです」


 正義は松田を見た。


 松田は何も言わず視線を逸らした。


 嫌な予感が当たった。


「一人?」


「一人です」


「部活?」


「部活です」


「終わってません?」


「終わってません!」


 即座に否定された。


 だが終わっているようにしか見えない。


 正義は机へ突っ伏したくなった。


「活動内容は?」


 すると栞は少しだけ胸を張った。


「ボランティア活動です」


「ボランティア」


「はい」


 栞は指折り数え始める。


「地域清掃」


「募金活動」


「福祉施設訪問」


「炊き出し」


「地域イベントのお手伝い」


「学校行事の補助などです」


 立派な活動だった。


 立派過ぎて逆に引いた。


「帰ります」


 正義は立ち上がった。


「待ってください!」


 栞も慌てて立ち上がる。


「何でですか」


「ボランティアですよ!?」


「だからです」


 正義は真顔だった。


「面倒臭そうです」


「面倒臭くないです!」


「絶対面倒臭い」


「そんなことありません!」


 必死だった。


 本当に必死だった。


 正義は思う。


 何でこの人こんな必死なんだろう。


 同時に。


 どこかで見たことがあるような気もした。


 初めて話すはずなのに。


 なぜか引っ掛かる。


 けれど思い出せない。


「とりあえず見学だけでも」


 栞は食い下がる。


「嫌です」


「お願いします」


「嫌です」


「お願いします」


「嫌です」


「お願いします」


 しばらく続いた。


 その様子を松田は腕を組みながら眺めている。


 助ける気はないらしい。


 むしろ楽しんでいるように見える。


「先生」


 正義が睨む。


「何だ」


「何とかしてください」


「頑張れ」


「他人事だな」


「他人事だからな」


 最低だった。


 正義は深々とため息を吐いた。


 面倒なことになった。


 一方その頃。


 栞の心臓は少しだけ速くなっていた。


 一年前。


 入学式の日。


 強引な勧誘から助けてくれた男子生徒。


 ずっと気になっていた人。


 二年生になって同じクラスになった時は驚いた。


 もちろん名前も知った。


 桜木正義。


 けれど。


 話しかけるきっかけがなかった。


 相変わらず一人でいることが多く、授業が終わればすぐに帰ってしまう。


 だから今日。


 ようやく話す機会ができたのだ。


 覚えてもらえていなかったのは少し悲しかった。


 それでも。


 こうして同じ部屋で話せた。


 それだけで嬉しかった。


 だから。


 絶対に帰したくなかった。


 この人にエンジェル部へ入ってほしい。


 そんな気持ちが、栞の中で少しずつ大きくなっていた。


 もちろん。


 正義はそんなことを知る由もなかった。

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