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第1話 最後通告

 四月。


 二年生になって最初の一週間が過ぎようとしていた。


 窓の外では野球部が練習をしている。


 春の日差しは暖かい。


 授業中だというのに眠気を誘うには十分だった。


 もっとも。


 桜木正義にとって授業など、眠気を誘う以外の価値はほとんどなかったのだが。


 教壇では教師が何か説明している。


 周囲の生徒たちはノートを取っている。


 正義は窓の外を眺めていた。


 別に授業が嫌いなわけではない。


 好きでもない。


 興味がないだけだった。


 友人もいない。


 部活もしていない。


 学校行事にも参加しない。


 放課後になればマンションへ帰る。


 それだけの毎日だった。


 そして。


 そのツケが今になって回ってきていた。


「桜木」


 ホームルーム終了後。


 担任の声が飛んだ。


「あとで職員室な」


「嫌です」


「来い」


「横暴だ」


「いいから来い」


 有無を言わせぬ口調だった。


 正義は小さくため息を吐く。


 面倒臭い。


 非常に面倒臭い。


 しかし行かないとさらに面倒になる。


 仕方なく席を立った。


 職員室。


 教師たちの声が飛び交う中。


 正義は担任教師の机の前に立っていた。


 松田茂。


 担当科目は体育。


 野球部顧問。


 生徒たちからは適当な教師だと思われている。


 実際、かなり適当だった。


「座れ」


「立ったまま帰りたいんですが」


「座れ」


 正義は渋々椅子へ腰を下ろした。


 松田は一枚の紙を机の上へ置く。


「何だと思う?」


 見覚えのある紙だった。


 出席状況一覧。


 そして。


 数字を見た瞬間、正義は目を逸らした。


「見なかったことにしません?」


「しない」


 即答だった。


「桜木」


「お前な」


「このままだと留年だぞ」


 正義は天井を見上げた。


 知っていた。


 何となくそんな気はしていた。


 だからこそ見たくなかった。


「まだ四月ですよ」


「去年の出席日数だ」


「ああ」


 終わった。


 去年サボり過ぎた。


 思い当たる節しかない。


「普通ここまで来る前に焦るんだがな」


「焦ってますよ」


「そうは見えん」


 正義は黙った。


 焦っていないわけではない。


 ただ。


 今さら焦っても仕方ないと思っているだけだ。


「進級したいか?」


 松田が聞く。


「したいです」


「本当に?」


「たぶん」


「お前なあ……」


 松田は頭を抱えた。


 数秒。


 沈黙が流れる。


 やがて松田は机を指で叩いた。


「一つ方法がある」


「裏口入学ですか?」


「留年回避だ」


「聞きましょう」


 正義は少しだけ興味を示した。


 松田は頷く。


「部活に入れ」


 正義は固まった。


「……は?」


「部活だ」


「嫌です」


 即答だった。


「却下」


「却下を却下」


「意味分かんないですよ」


「いいから入れ」


 松田は続ける。


「学校活動実績が足りん」


「部活に所属して活動記録を作れ」


「嫌です」


「何でだ」


「面倒だから」


 正直な答えだった。


 松田は呆れたようにため息を吐く。


「お前な」


「その面倒を避け続けた結果が今だろ」


「耳が痛い」


「痛がれ」


 正論だった。


 反論できない。


「とにかく決まりだ」


 松田は立ち上がる。


「今日の放課後」


「来い」


「どこへ?」


 正義が聞く。


 松田はニヤリと笑った。


「部活だ」


 嫌な予感しかしなかった。


 絶対にろくでもない。


 しかし。


 この時の正義はまだ知らなかった。


 その部活が。


 退屈だった高校生活を大きく変えることになることを。


 そして。


 一人のお嬢様が、その日をずっと待っていたことも。


 まだ知らなかった。

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