プロローグ あの日の出会い
本作を手に取っていただき、ありがとうございます。
『同じクラスのお嬢様が、冴えない僕に構ってくるんだけどどうしたらいい?』は、過去に公開していた作品を、一から構成・文章・設定を見直して書き直したリメイク版です。
物語のテーマは、「居場所」。
誰かのために行動すること。
自分の気持ちを伝える勇気。
そして、仲間と過ごす何気ない日常。
そんな青春の日々を、エンジェル部の活動を通して描きました。
初めて読む方はもちろん、以前の作品を読んでくださった方にも、新しい気持ちで楽しんでいただける内容になっています。
少しでも、この物語が皆さまの心に残る作品になれば幸いです。
それでは、エンジェル部の物語をお楽しみください。
春だった。
桜の花びらが風に乗って舞い、青空の下をゆっくりと流れていく。
聖フェリス学園高等学校。
その校門の前には、新しい制服に身を包んだ生徒たちが溢れていた。
入学式。
新しい学校。
新しい生活。
誰もが期待と不安を胸に抱く一日だった。
もちろん、栞も例外ではない。
緊張しながら校門をくぐり、無事に入学式を終えた。
問題は、その後だった。
「君、新入生だよね!」
「よかったらテニス部どう?」
「吹奏楽部も見学だけでも来てよ!」
「うちは初心者大歓迎だから!」
気付けば栞は何人もの上級生に囲まれていた。
部活動勧誘である。
本来なら断ればいいだけの話だ。
だが、栞はそれが苦手だった。
せっかく声を掛けてくれたのに。
せっかく勧誘してくれているのに。
断ったら悪い気がする。
相手を傷付けてしまう気がする。
そんなことを考えてしまう。
「え、あの……」
言葉が出てこない。
人はどんどん増えていく。
逃げ道もなくなっていく。
困った。
本当に困った。
けれど、何も言えない。
その時だった。
「邪魔」
不意に声がした。
低く、面倒臭そうな声だった。
上級生たちが振り返る。
そこに立っていたのは、一人の男子生徒だった。
制服の着こなしはどこか適当。
髪も少し乱れている。
やる気があるようには見えない。
けれど、その目だけは妙に鋭かった。
「通れないんだけど」
男子生徒は言った。
「え?」
「だから邪魔」
空気が止まる。
勧誘していた上級生たちも戸惑っていた。
「いや、俺たちは勧誘を――」
「別に勧誘するなとは言ってない」
男子生徒は面倒そうに肩を竦める。
「通路塞ぐなって言ってるだけ」
正論だった。
上級生たちも反論できない。
気まずそうに顔を見合わせる。
すると男子生徒は今度は栞を見た。
「お前」
「え?」
「嫌なんだろ?」
突然の問いだった。
栞は目を瞬かせる。
「それは……」
「嫌じゃないなら別にいいけど」
男子生徒は続ける。
「嫌なら嫌って言えよ」
栞は言葉を失った。
そんなこと、考えたこともなかった。
「黙ってたら分からないだろ」
その言葉は不思議と胸に刺さった。
男子生徒はさらに言う。
「困ってるじゃん」
その一言で、上級生たちもようやく気付いたらしい。
「あ……」
「ご、ごめん」
「悪かった」
次々と謝罪の言葉が飛び出す。
そして、
「じゃあまた今度!」
「見学だけでも来てね!」
そう言い残して去っていった。
あっという間だった。
栞は呆然と立ち尽くす。
男子生徒はというと、すでに興味を失ったように歩き出していた。
「あ、あの!」
思わず声を掛ける。
男子生徒が振り返った。
「何?」
「ありがとうございました」
栞は頭を下げる。
すると男子生徒は不思議そうな顔をした。
「別に」
素っ気ない返事だった。
「助けたわけじゃないし」
「え?」
「邪魔だっただけ」
本当にそう思っているらしい。
そのまま歩き出そうとして――ふと足を止めた。
振り返らないまま言う。
「あと」
「はい」
「次からは嫌ならちゃんと言え」
ぶっきらぼうな声だった。
「お前も悪い」
栞は思わず苦笑した。
初対面なのに失礼な人だ。
でも、不思議と嫌な気はしなかった。
「……はい」
小さく返事をする。
男子生徒は今度こそ去っていった。
栞はその背中を見送る。
風が吹く。
桜の花びらがふわりと舞った。
誰かに合わせることだけが優しさじゃない。
言うべきことを言う強さもある。
そんなことを初めて知った気がした。
名前は知らない。
何年生かも知らない。
どこのクラスかも知らない。
それでも。
その背中は不思議と心に残った。
きっと忘れない。
そんな気がした。
――それから一年後。
栞は再び彼と出会うことになる。
けれど。
その時の栞はまだ知らなかった。
自分が忘れられなかったその相手が、
自分のことを綺麗さっぱり忘れていることを。
そして。
その再会が、自分の高校生活を大きく変えることになることも。
まだ知らなかった。




