第76話 楠市長
炊き出しも終盤を迎えていた。
利用者たちは食事を終え、会場では談笑を楽しんでいる。
エンジェル部の三人も、食器を片付けたり、机を拭いたりと後片付けに追われていた。
その時だった。
教会の入口から、一人の男性が職員に案内されながら入ってくる。
「楠市長、お忙しい中ありがとうございます」
社会福祉協議会の職員が頭を下げた。
「毎年、視察にお越しいただきありがとうございます」
楠市長は穏やかに微笑む。
「いやいや、こちらこそありがとう」
「皆さんのおかげで、今年もええ炊き出しになっとるね」
市長は会場をゆっくりと見渡し、一人ひとりの利用者へ声を掛けていく。
「お味はどうだったかね?」
「美味しかったですよ」
「毎年楽しみにしてるんです」
「それは良かった」
「そう言ってもらえるのが、一番嬉しいだわ」
利用者たちも嬉しそうに笑った。
ふと、市長の視線が忙しく動き回る三人へ向けられる。
「あの高校生の子たちは?」
社会福祉協議会の職員が笑顔で答えた。
「聖フェリス学園エンジェル部の皆さんです」
「学校の福祉活動の一環として、年間を通じて地域清掃や老人ホーム慰問、炊き出しなど、さまざまなボランティア活動に参加してくださっています」
楠市長は少し驚いたように目を見開いた。
「へぇ」
「高校生で、そこまでやっとるのかね」
「はい」
「地域にとって、本当に心強い存在です」
市長は感心したように三人を見つめる。
その時、食器を運び終えた正義が近くを通った。
「桜木君」
職員に呼ばれ、正義は足を止める。
「こちらは楠市長です」
正義は少し緊張しながら頭を下げた。
「初めまして」
「聖フェリス学園一年、桜木正義です」
栞と凪も駆け寄り、揃って一礼する。
「一年の竜胆栞です」
「日向夏凪です!」
楠市長は三人の顔を見渡し、優しく微笑んだ。
「皆さんのことは前から聞いとったよ」
「実際に活動しとる姿を見て、本当に感心したわ」
「皆さん、よう頑張っとるね」
三人は少し照れくさそうに顔を見合わせる。
栞が代表して答えた。
「ありがとうございます」
「私たちは、自分たちにできることをしているだけです」
楠市長はゆっくりと頷く。
「その『できること』を続けることが、一番難しいんだわ」
「誰かのために動ける人は、案外少ないもんだかね」
「皆さんは、この街の宝だわ」
その言葉に、正義は少し驚いた表情を浮かべた。
凪も照れ笑いを浮かべる。
「そんな大したことやないですよ」
楠市長は笑って首を横に振った。
「いやいや」
「若い人が地域のために汗を流してくれるのは、本当にありがたいことだかね」
「わしら大人も、まだまだ負けとれんわ」
三人は思わず笑顔になる。
市長は穏やかな表情のまま続けた。
「これからも無理せんように続けてほしいかね」
「皆さんの活動、わしはずっと応援しとるよ」
「はい!」
三人は声を揃えて返事をした。
楠市長は満足そうに頷き、再び会場を見渡す。
その眼差しには、エンジェル部への温かな期待が込められていた。
この日交わした出会いが、後に三人の活動を大きく後押しすることになるとは、まだ誰も知らなかった。




