第65話 泣き虫
保育園でのボランティアも終盤を迎えていた。
園庭では、今日も子どもたちの元気な笑い声が響いている。
凪は鬼ごっこで全力疾走。
「待て待てー!」
「きゃー!」
栞は木陰で絵本の読み聞かせをしていた。
正義は砂場で子どもたちと山を作っている。
その時だった。
「うわぁぁぁん!」
突然、大きな泣き声が園庭に響いた。
三人が振り向く。
一人の男の子が走っていて転び、膝を擦りむいてしまったのだ。
周りの子どもたちも心配そうに集まってくる。
その輪の中へ、正義が静かに歩み寄った。
男の子の前へしゃがみ込み、優しく声を掛ける。
「痛かったな」
男の子は涙を流しながら何度も頷いた。
「いたい……」
「うん」
「びっくりしたよな」
正義は急いで泣き止ませようとはしなかった。
頭を撫でることもない。
ただ男の子と同じ目線になり、落ち着いた声で話し続ける。
「泣いていいよ」
「痛い時は、我慢しなくていい」
男の子はしばらく泣いていたが、少しずつ呼吸が落ち着いていく。
「歩けそうか?」
「……うん」
「じゃあ先生のところまで一緒に行こう」
正義は男の子の手をそっと握り、ゆっくりと保育士のもとへ歩いていく。
保育士は傷を消毒しながら微笑んだ。
「ありがとう、桜木君」
「助かりました」
「いえ」
「僕は何もしていません」
正義は照れくさそうに頭を掻いた。
少し離れた場所では、栞と凪がその様子を見ていた。
「正義君……」
栞が小さく呟く。
「落ち着いていましたね」
凪も感心したように頷いた。
「うちやったら慌てて『大丈夫!?』って言うてまうわ」
「正義、すごい冷静やったな」
その時、保育士が二人へ微笑み掛ける。
「小さい子は、痛みだけじゃなくて、不安で泣いてしまうことも多いんです」
「だから、まず安心させてあげることが大切なんですよ」
「桜木君は、それが自然にできていました」
栞は優しく微笑む。
「正義君らしいですね」
「相手の気持ちを大切にする人ですから」
凪も笑った。
「本人は全然気付いてへんけどな」
その頃には、男の子はすっかり泣き止み、元気に園庭を走り回っていた。
そして正義を見付けると、大きく手を振る。
「お兄ちゃーん!」
正義も少し照れくさそうに手を振り返した。
「もう走っても大丈夫なんですか」
その姿を見て、保育士がくすりと笑う。
「子どもは元気になるのも早いですから」
正義も思わず笑みを浮かべた。
「それなら良かったです」
その自然な笑顔を見て、栞と凪も微笑み合う。
無愛想で、人付き合いが苦手だと思っていた少年。
けれどその優しさは、言葉よりも先に子どもたちの心へ届いていた。
園庭には今日も、元気いっぱいの笑い声が響き渡っていた。




