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第55話 星に願いを

 七夕当日。


 放課後。


 エンジェル部の部室では、昨日三人で飾り付けた笹が窓辺で静かに揺れていた。


 栞は笹を見上げ、嬉しそうに微笑む。


「綺麗ですね」


「昨日はみんなで頑張りましたから」


 笹には三人の短冊が揺れている。


『エンジェル部がこれからも続きますように』


『みんなが健康で過ごせますように』


『留年しませんように』


 凪は正義の短冊を見るなり吹き出した。


「何回見ても切実やなぁ!」


「そんなに留年したないん?」


「したくありません」


 正義は真顔で答える。


「僕にとっては人生が掛かっています」


「そこまで言う?」


「そこまで言います」


 栞も思わず笑った。


「ふふっ」


「正義君らしいですね」


「褒められている気がしません」


 三人は笑いながら、他愛もない話を続けた。


 子どもの頃の七夕。


 夏祭り。


 好きな食べ物。


 夏休みにやりたいこと。


 話題は次々と変わり、部室には笑い声が絶えなかった。


 ふと、栞が窓の外を見て目を丸くする。


「あれ……?」


「もうこんな時間です」


 二人も窓の外へ目を向けた。


 いつの間にか、空は黄昏色に染まり、夕日が校舎を優しく照らしている。


「ほんまや!」


 凪が時計を見る。


「しゃべり過ぎた!」


「最終下校時刻になりますね」


 正義も立ち上がった。


 三人は慌てて荷物をまとめ、机を片付け、窓を閉め、部室の明かりを消す。


 最後に鍵を掛けると、並んで校舎を後にした。


 外へ出る頃には日はすっかり沈み、心地よい夏の夜風が頬を撫でる。


 見上げた夜空には、無数の星が静かに瞬いていた。


「今日は七夕ですね」


 栞が星空を見上げる。


「織姫と彦星、会えたでしょうか」


「一年に一回だけ会えるんやろ?」


 凪が尋ねる。


「はい」


 栞は優しく頷いた。


「天の川を挟んで離ればなれになった二人が、この日だけ再会できると言われています」


「ロマンチックやなぁ」


 凪はにやりと笑う。


「栞、そういう話好きそう」


「す、好きというか……」


 栞は少し頬を赤らめた。


「素敵なお話だとは思います」


「恋愛のお話やもんなぁ」


「な、凪ちゃん!」


 栞は恥ずかしそうに抗議する。


「もう、からかわないでください」


 凪は楽しそうに笑った。


 正義はそんな二人を横目に、静かに夜空を見上げていた。


「正義は?」


 凪が尋ねる。


「興味ないん?」


「別に」


 いつものような短い返事。


「伝説ですから」


「夢ないなぁ」


 凪が肩をすくめる。


 栞も苦笑した。


 三人はしばらく黙って夜空を見上げる。


 静かな夏風が吹き抜け、笹の葉がさらさらと揺れる音だけが耳に届いた。


 やがて、正義が小さく口を開く。


「でも……」


 二人が振り向く。


 正義は星空を見つめたまま、小さく微笑んだ。


「願いくらいは、叶うといいですね」


 一瞬。


 栞と凪は目を丸くした。


 少し前までの正義なら、きっと口にしなかった言葉だった。


 栞は優しく微笑む。


「はい」


「きっと叶います」


 凪も力強く頷く。


「せやな」


「願わな始まらへんもん!」


 正義は少し照れくさそうに笑った。


「……別に、深い意味はありません」


「ふふっ」


「その『別に』も、今日は少し優しく聞こえます」


 三人は顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。


 時間を忘れて語り合える仲間がいる。


 笑い合える居場所がある。


 ほんの少しずつではあるけれど、正義の世界は確かに変わり始めていた。


 夜空いっぱいに広がる天の川は、そんな三人の歩みを静かに見守るように輝いている。


 願いは、すぐには叶わないのかもしれない。


 それでも願い続けることで、人は少しずつ前へ進める。


 エンジェル部の物語もまた、新たな季節へ向かって歩み始めていた。

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