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第54話 願い事

 翌日の放課後。


 エンジェル部の部室には、昨日運んできた笹が立て掛けられていた。


 机の上には色とりどりの短冊と折り紙。


 七夕飾りを作る準備はすっかり整っている。


「今日は短冊書くで!」


 凪が元気よく短冊を配る。


 栞も嬉しそうに微笑んだ。


「七夕って、何だかわくわくしますね」


「毎年楽しみにしていました」


 正義は短冊を手に取りながら首を傾げる。


「願い事なんて、叶う保証はありませんけど」


「またそんなこと言う!」


 凪が呆れたように笑う。


「七夕くらい夢見てもええやん」


「そうですよ」


 栞も優しく頷いた。


「願うことは自由ですから」


「……そういうものですか」


 三人はそれぞれ短冊へ願いを書き始めた。


 部室にはペンを走らせる音だけが静かに響く。


「できました!」


 最初に書き終えたのは栞だった。


 凪がすぐに覗き込む。


「見せて!」


 栞は少し照れながら短冊を見せた。


『エンジェル部がこれからも続きますように』


「栞らしいなぁ」


 凪が嬉しそうに笑う。


「やっぱり一番の願いなん?」


「はい」


 栞は迷いなく頷いた。


「この部は私にとって、大切な居場所ですから」


 正義はその短冊を静かに見つめていた。


「次はうち!」


 凪も勢いよく短冊を掲げる。


『みんなが健康で過ごせますように』


 栞が優しく笑う。


「凪ちゃんらしいですね」


「健康が一番や」


 凪は照れくさそうに笑った。


「病気すると、普通に過ごせることがどれだけ幸せか分かるからな」


 その言葉には、実感がこもっていた。


 正義も栞も、静かに頷く。


「で?」


 凪が正義へ向き直る。


「正義は?」


「見せてください」


 二人に見つめられ、正義はため息をついた。


「笑わないでくださいよ」


「約束はできへん」


「できません」


 二人の返事は見事に揃った。


 正義は諦めたように短冊を差し出す。


『留年しませんように』


 一瞬の沈黙。


 そして。


「ぷっ!」


 凪が吹き出した。


「願い、小っさ!」


「もっと世界平和とかあるやろ!」


 栞も思わず笑ってしまう。


「ふふっ」


「正義君らしいです」


「笑い事じゃありません」


 正義は真顔だった。


「僕にとっては人生が掛かっています」


「それは確かに」


 凪は笑いながら頷く。


「めっちゃ切実やな」


「現実的と言ってください」


「夢がないなぁ」


「現実を見ています」


 三人は笑いながら、それぞれの短冊を笹へ結び付けていく。


 風が吹くたび、色鮮やかな短冊がさらさらと揺れた。


 栞は並んだ三枚の短冊を見つめ、小さく微笑む。


「願い事って、その人らしさが出ますね」


「そうですね」


 正義も笹を見上げる。


 栞は居場所を願った。


 凪は健康を願った。


 正義は未来を願った。


 願いは違う。


 けれど、どれもその人にとって一番大切なものだった。


「叶うといいですね」


 栞が呟く。


「せやな」


 凪が笑う。


 正義も少しだけ口元を緩めた。


「……そうですね」


 夏の風が部室へ吹き込み、三人の願いを乗せるように笹を優しく揺らしていた。

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