第53話 笹を取りに行こう
七夕まで、あと数日。
放課後。
エンジェル部の部室へ、担任の松田が顔を出した。
「悪い、お前たちに一つ頼みがある」
「何でしょう?」
栞が立ち上がる。
松田は教卓にもたれ掛かりながら言った。
「今年も校内に七夕飾りを作ることになった」
「学校の裏山に笹が生えているだろ」
「何本か切ってきてくれ」
「去年までは三年生が担当していたんだ。今年はエンジェル部に任せる」
「分かりました!」
栞は嬉しそうに頷いた。
「任せてください」
「……授業じゃなくて良かった」
正義がぼそりと呟く。
「何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」
松田は苦笑しながら部室を出て行った。
「それじゃ、よろしく頼むぞ」
三人は荷物をまとめ、学校裏の山へ向かった。
山道を歩き始めて数分。
「きゃっ!」
栞の小さな悲鳴が響く。
正義が振り返る。
「どうしました?」
栞は少し離れた草むらを震える指で指差した。
「む、虫です……」
そこには小さなバッタが一匹。
正義はしばらく見つめる。
「……バッタですね」
「だから怖いんです!」
「飛んできませんよ」
「飛ぶから怖いんです!」
そのやり取りを見ていた凪が目を輝かせる。
「トンボや!」
勢いよく駆け出した。
「待て待てぇ!」
「凪さん!」
正義も慌てて追い掛ける。
「仕事してください!」
「今捕まえる!」
「捕まえなくていいです!」
山の中へ笑い声が響いた。
栞も思わず吹き出す。
「もう……」
「二人とも子供みたいです」
しばらく歩くと、立派な笹が何本も生えていた。
「これならちょうど良さそうですね」
正義は竹鋸を取り出し、慣れた手つきで笹を切っていく。
無駄のない動きだった。
栞が感心したように見つめる。
「正義君、慣れているんですね」
「実家が三重で、山が近かったので」
「なるほど」
凪も感心する。
「だから虫も平気なんや」
「向こうから何もしませんから」
「いや、飛んでくるやん」
「飛びますね」
「怖ないん?」
「別に」
「その『別に』、ほんま便利やなぁ」
三人は顔を見合わせて笑った。
十分な数の笹が集まる。
「よし」
「運びましょう」
正義は一番大きな笹を肩へ担いだ。
「私も持ちます」
栞が反対側を支える。
「ほんなら、うちはこれ!」
凪は細い笹を何本も抱え込む。
「それ、前見えますか?」
「……あれ?」
「見えへん」
笹の葉に顔が隠れ、立ち止まる凪。
正義は思わず笑った。
「だから言ったでしょう」
栞も吹き出す。
「ふふっ」
「凪ちゃんらしいですね」
「笑わんといて!」
笑い合いながら、三人は学校への坂道を歩く。
夕日に照らされた笹の葉が、風に揺れてさらさらと音を立てていた。
「もう七月ですね」
栞が空を見上げる。
「もうすぐ夏休みやな!」
凪が嬉しそうに笑う。
正義も空を見上げ、小さく頷いた。
「……そうですね」
少し前まで。
放課後は一人で帰るのが当たり前だった。
誰かと笑いながら歩くことも。
同じ目的のために汗を流すこともなかった。
けれど今は違う。
三人で運ぶ笹は少し重い。
それでも、不思議と足取りは軽かった。
こうしてエンジェル部は、七夕を迎える準備を始めるのだった。




