第52話 仲間
放課後。
エンジェル部の部室。
窓から夏の風が吹き込み、カーテンを優しく揺らしていた。
栞は活動日誌を書いている。
凪は宿題と格闘中。
正義は窓際の席で静かに本を読んでいた。
いつもの放課後。
いつもの部室。
何も変わらない景色だった。
「正義」
凪が声を掛ける。
「消しゴム貸して」
正義は黙って筆箱を差し出した。
「ありがと」
「どういたしまして」
凪がぴたりと動きを止める。
栞も顔を上げた。
正義自身も「あっ」という顔をする。
「今」
「どういたしましてって言わへんかった?」
凪が目を丸くする。
「気のせいです」
「いやいや聞こえたで!」
栞もくすっと笑う。
「少しずつ変わってきましたね」
「変わってません」
正義は即座に否定する。
「そうですか?」
「そうです」
そのやり取りに凪が吹き出した。
「十分変わっとるやん」
三人の笑い声が部室に響く。
少し前まで。
こんな空気ではなかった。
正義は必要以上に人と関わろうとしなかった。
栞はどこか遠慮がちだった。
凪は一人で場を明るくしようとしていた。
けれど今は違う。
互いの過去を知った。
抱えている傷も知った。
考え方の違いも知った。
それでも。
一緒に笑っていられる。
それが今の三人だった。
正義は静かに本を閉じる。
ふと。
二人の笑顔が目に入る。
まだ人を完全に信用できたわけではない。
過去が消えたわけでもない。
明日から急に変われるわけでもない。
それでも。
栞と凪だけは。
少しだけ違う。
そう思えるようになっていた。
「正義君」
栞が優しく声を掛ける。
「何ですか」
「来週は七夕ですね」
正義は少し考える。
「ああ」
「もうそんな時期ですか」
「笹、取りに行かなあかんな!」
凪が元気よく立ち上がる。
「短冊も買わな!」
「準備することがいっぱいですね」
栞も笑顔で頷く。
「面倒ですね」
正義はため息を吐く。
「またそういうこと言う!」
凪が笑いながら肩を叩く。
「ちゃんと参加やで!」
「拒否権は?」
「ありません!」
「でしょうね」
三人は顔を見合わせる。
そして。
自然と笑い合った。
部室には穏やかな時間が流れている。
少し前まで。
この場所は、正義にとってただの部室だった。
けれど今は違う。
騒がしくて。
少し面倒で。
だけど温かい。
そんな居場所になり始めていた。
こうして三人は、本当の意味で仲間になった。
エンジェル部の、少し騒がしくて、少し優しい日常は、これからも続いていく。
そして季節はゆっくりと夏へ向かっていた。




